意味
「君子危うきに近寄らず(くんしあやうきにちかよらず)」とは、思慮深く品格のある人物は、あらかじめ危険な場面を避けて身を守るという意味です。
自身の行動を慎み、災いを招くような場所や状況には近づかないのが、賢明な人のあり方だと説いています。
単に怖がって逃げるのではなく、先を見通す力を持ち、「リスクを未然に回避する」というニュアンスが含まれます。
語源・由来
「君子」とは、古代中国において「政治を行う立派な人物」や「徳が高く学識に優れた人」を指す言葉です。
実は、「君子危うきに近寄らず」というフレーズそのものは、中国の古典文献には登場せず、日本で定着した表現だと考えられています。
しかし、その元となった教えは古代中国の書物に確認できます。
有力な由来とされるのは以下の二つです。
- 『孟子(もうし)』
尽心上に「命を知る者は巌牆の下に立たず」という言葉があります。
これは「道理をわきまえた人は、崩れそうな高い塀のそばには立たない」という意味で、不慮の事故に遭うような場所に不用意に身を置かない慎重さを説いています。 - 『論語(ろんご)』
「危邦(きほう)に入らず、乱邦(らんぽう)に居らず」という一節があります。
「政情が不安定で危険な国には入らず、秩序が乱れた国には留まらない」という意味です。
どちらも、「賢い人は自分の身を大切にし、無駄に危険を冒さない」という共通の思想を持っています。
使い方・例文
日常会話では、物理的な危険だけでなく、怪しい儲け話、リスクの高い賭け事、揉め事など、関わると損をしそうな状況を避ける場面で広く使われます。
例文
- あのグループは素行が悪い。君子危うきに近寄らずで関わらないのが一番だ。
- 楽に稼げる話には裏がある。君子危うきに近寄らず、そんな誘いは断る。
- 上司の機嫌が最悪らしい。今日は早く帰ろう。君子危うきに近寄らずだ。
- 台風の日に川を見に行くなど馬鹿げている。君子危うきに近寄らずだ。
誤用・注意点
この言葉は、ビジネスや日常においてよく使われますが、使う相手や状況には注意が必要です。
「臆病」の言い訳にはならない
この言葉は「賢明な判断としての回避」を指すものです。
やるべきことから逃げたり、単に怖がって挑戦しなかったりする際の「言い訳」として使うのは本来の意味から外れます。
「君子危うきに近寄らず」と「事なかれ主義」の違い
面倒なことを無視して見て見ぬふりをする「事なかれ主義」とも異なります。
| 語句 | 行動原理 |
|---|---|
| 君子危うきに近寄らず (くんしあやうきにちかよらず) | 徳と教養のある人物が、危険を賢明に回避する |
| 事なかれ主義 (ことなかれしゅぎ) | 保身のために卑怯な振る舞いをする |
類義語・関連語
「君子危うきに近寄らず」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 触らぬ神に祟りなし(さわらぬかみにたたりなし):
余計な手出しをしなければ、災いを招くことはないという教え。「関わりたくない」という消極的なニュアンスが強くなります。 - 石橋を叩いて渡る(いしばしをたたいてわたる):
安全そうに見えるものでも、念には念を入れて確かめてから行動すること。こちらは「回避」よりも「慎重な行動」に重点があります。 - 危ない橋は渡らない(あぶないはしはわたらない):
危険な手段や方法はとらないこと。「危うきに近寄らず」とほぼ同じ意味で使われます。
対義語
「君子危うきに近寄らず」とは対照的な意味を持つ言葉は以下の通りです。
- 虎穴に入らずんば虎子を得ず(こけつにいらずんばこじをえず):
危険を冒さなければ、大きな成果は得られないということ。「リスクを取る勇気」を説いており、状況によってはこちらが正解となる場合もあります。 - 火中の栗を拾う(かちゅうのくりをひろう):
自分の利益にならないのに、他人のためにあえて危険を冒すこと。また、危険を承知で問題の処理や責任ある立場を引き受けることのたとえ。 - 当たって砕けろ(あたってくだけろ):
失敗してもいいから、思い切ってやってみろということ。
英語表現
「君子危うきに近寄らず」を英語で表現する場合、慎重さを肯定する以下のフレーズが適しています。
Better safe than sorry
直訳は「後悔するより安全な方が良い」で、「用心するに越したことはない」「転ばぬ先の杖」に近いニュアンスの、日常的に最もよく使われる表現。
I think we should double-check the lock. Better safe than sorry.
(鍵を二重に確認すべきだと思うよ。用心するに越したことはないからね。)
Discretion is the better part of valor
直訳は「慎重さは勇気の大部分である」で、無茶をするだけが勇気ではなく慎重であってこその勇気だという意味。
シェイクスピアの史劇『ヘンリー四世』に由来する格言で、「逃げるが勝ち」というニュアンスでも使われる。
Don’t fight him now. Discretion is the better part of valor.
(今は彼と戦うな。君子危うきに近寄らずだ。)
実は『論語』には見当たらない言葉
「君子危うきに近寄らず」は孔子の『論語』の言葉だと思われがちですが、実際には『論語』の中にこれと同じ表現は見当たらず、正確な出典は分かっていません。
手がかりとして挙げられるのが、中国古典『春秋公羊伝』の襄公二十九年の記述にある「君子は刑人に近寄らず」という一節です。
刑罰を受けた人には近づかない、という意味の言葉で、これが変化して現在の形になったとする説があります。
『春秋公羊伝』は、孔子の弟子である子夏の教えが幾世代にもわたって受け継がれ、前漢の景帝の時代に公羊寿らの手によって書物としてまとめられたと伝えられています。
『論語』とは別の系統で伝わった古い注釈書に、すでにこの言い回しの原型があったことになります。














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