意味
「神は非礼を受けず(かみはひれいをうけず)」とは、礼を欠いた、筋の通らない願い事は、どれほど熱心に祈ったところで神に聞き届けてはもらえないという意味です。
神を敬う心の底に打算や不誠実さがあってはならないという、信仰における姿勢の正しさを説く戒めの響きを持っています。
- 神(かみ):人知を超えた力を持つ存在。
- 非礼(ひれい):礼儀にはずれていること。
- 受けず(うけず):受け入れないこと。
語源・由来
「神は非礼を受けず」は、中国の古典『論語』の八佾篇にある孔子の教えを踏まえた言葉です。
そこでは、魯の国の家臣である季氏が身分に見合わない祭祀を行ったことを、孔子が嘆いています。
ただし「神は非礼を受けず(神不享非礼)」という文言そのものは『論語』の本文にはなく、魏の何晏がまとめた注釈書『論語集解』が引く包咸の注に出てくるものです。
日本でも『平家物語』に「神は非礼を受け給はず」と引かれ、分に過ぎた大将の位を神に祈った大納言の話の中で使われています。
使い方・例文
「神は非礼を受けず」は、誠意のない願い事や、道理を欠いた頼み事を戒める場面で使われます。
- お参りだけ豪華にしても、神は非礼を受けずだ。
- 横柄な態度で頼み事とは、神は非礼を受けずというものだ。
- 礼を欠いた願掛けは、神は非礼を受けずと昔から言う。
類義語・関連語
- 神は見通し(かみはみとおし):
人の悪事やごまかしを神はすべて見抜いているという戒め。 - 敬神崇祖(けいしんすうそ):
神を敬い先祖を尊ぶという心構え。
家臣が身分を越えた祭祀、孔子が咎める
問題になったのは、魯の国にある泰山の神を、家臣の季氏が祭ったことです。
当時の礼では、領内の山や川を祭るのは諸侯(= 国の君主)の役目で、家臣が行うのは身分を越えた振る舞いでした。
孔子は、季氏に仕えていた弟子の冉有に「止められなかったのか」と問い、「泰山の神が林放にも及ばないと思うのか」と嘆きました。
林放は、同じ篇で孔子に礼の根本を尋ねた魯の人です。
包咸の注はこの嘆きを、「神は非礼を受けない。林放でさえ礼を尋ねることを知っていたのに、泰山の神が林放に劣るはずがない」と説明しています。
身分を越えた祭りを神は受け取らない、というのがこの言葉のもとの意味です。











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