意味
「敬して遠ざける」とは、うわべでは礼儀正しく接しながらも、内心では親しくなることを避けて一定の間合いを保つことです。
嫌いな相手や厄介な物事に対して、露骨に拒絶するのではなく、波風を立てないように丁寧に接することで、かえって親密になるのを避けるという、大人の知恵や防衛本能を表す言葉です。
本来は「神仏のような崇高な存在に対して、敬意は払いつつも馴れ馴れしくしない(依存しない)」という肯定的な意味でしたが、現在では「面倒な相手を体よく避ける」というネガティブなニュアンスで使われることが一般的です。
ちなみに、「敬遠(けいえん)」という言葉はこれが語源です。
語源・由来
「敬して遠ざける」の由来は、中国の古典『論語』にある孔子の言葉です。
孔子がある弟子から「知恵のある人とはどういうものか」と問われた際、次のように答えました。
「人として守るべき道義を実践し、神霊や精霊に対しては、敬意は払うが、むやみに頼ったり近づきすぎたりせず、節度ある距離を保つ。これが『知(ちえ)』というものだ」
(『論語』雍也第六)
当時の人々は、病気や災難をすぐに神や霊のせいにして祈祷に頼りがちでした。
しかし孔子は、目に見えない存在を否定はしないものの、それに依存せず、現実の人間社会での務めを果たすことが重要だと説いたのです。
この「礼儀を尽くして適切な距離を保つ」という姿勢が、後世になって対人関係に応用され、「表向きは敬意を見せて、面倒な相手を避ける」という意味へと変化していきました。
使い方・例文
現代において「敬して遠ざける」は、相手を怒らせずに距離を置きたい場面で使われます。
ビジネスシーンだけでなく、親戚付き合いやママ友関係など、複雑な人間関係を円滑にするための「建前」として機能します。
例文
- 口うるさい先輩には丁寧な言葉で接し、敬して遠ざけるのが処世術だ。
- 近所の噂好きな人とは、挨拶だけは笑顔で交わして敬して遠ざけるようにしている。
- 彼は社長のお気に入りだが、現場では敬して遠ざける対象になっている。
注意点
「敬して遠ざける」は、一見すると平和的な解決策ですが、使いすぎると「慇懃無礼(いんぎんぶれい=丁寧すぎてかえって失礼)」と受け取られるリスクがあります。
また、「敬遠する」という言葉が定着している通り、周囲からは「ああ、あの人は避けられているんだな」とバレているケースも少なくありません。
あくまで「相手のメンツを潰さないための配慮」として使うのがスマートです。
類義語・関連語
「敬して遠ざける」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 触らぬ神に祟りなし(さわらぬかみにたたりなし):
余計な手出しをしなければ災いを招くことはないという教訓。「関わらないことで災難を避ける」という点が共通しています。本家「敬して遠ざける」の由来(神霊との距離感)とも通じる言葉です。 - 腫れ物に触る(はれものにさわる):
相手の機嫌を損ねないよう、おっかなびっくり接すること。扱いにくい相手への対応という点で共通しています。 - 付かず離れず(つかずはなれず):
くっつきもせず、離れもしないこと。適度な距離を保つ関係性。
対義語
「敬して遠ざける」とは対照的な意味を持つ言葉は、以下の通りです。
- 水魚の交わり(すいぎょのまじわり):
水と魚のように切っても切れない、非常に親密な関係のこと。 - 管鮑の交わり(かんぽうのまじわり):
互いに深く理解し合い、利害を超えた極めて親しい友情のこと。 - 昵懇(じっこん):
遠慮がなく、親しく打ち解けている間柄。
英語表現
「敬して遠ざける」を英語で表現する場合、以下のようなフレーズが使われます。
keep someone at arm’s length
直訳すると「腕の長さの距離に保つ」で、「よそよそしくする」「距離を置く」という意味の表現。
相手と親密になりすぎないよう、意識的に距離を取るニュアンスで最もよく使われ、日本語の「敬して遠ざける」に最も近い慣用句。
He keeps everyone at arm’s length.
(彼は誰に対しても敬して遠ざけるような態度をとる。)
give a wide berth
直訳は「〜を避ける」「近寄らない」で、船が衝突を避けるために十分な距離(berth)を取るという航海用語に由来する表現。
危険なものや苦手な人を大きく避けて通ることを指し、「敬意」のニュアンスは薄いが「関わらないように避ける」という行動面で使われる。
「敬遠」が野球用語になったのは明治・大正時代
野球には、強打者との勝負を避けて意図的に四球(フォアボール)を与える「敬遠」という戦術があります。
これも元々は「敬して遠ざける」が語源です。
「相手の実力を敬う(恐れる)がゆえに、勝負を避けて一塁へ遠ざける(歩かせる)」という意味合いで明治・大正時代に翻訳され、定着しました。
ただし、実際の試合における敬遠は、必ずしも打者への敬意だけでなく、「塁を埋めて守りやすくする」という純粋な戦術的判断で行われることも多々あります。










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