普段は厳しく、部下や家族の事情など一顧だにしない人が、急に殊勝な態度で思いやりのある言葉を口にする。
そんな時、周囲は安堵するどころか、「何か裏があるのではないか」とかえって不気味な予感に身構えてしまうものです。
そんな、冷酷な人が見せかけだけの優しさを装う様子を、
「鬼の空念仏」(おにのからねんぶつ)と言います。
意味
「鬼の空念仏」とは、無慈悲で残酷な人が、形だけ慈悲深そうによそおうことのたとえです。
心の中には信仰心も優しさもないのに、口先だけで念仏を唱える行為を指します。表面だけを善人らしく取り繕う、偽善的な態度を批判する際に使われる言葉です。
- 鬼(おに):残酷で情け容赦のないものの象徴。
- 空念仏(からねんぶつ):信心がこもっていない、口先だけの念仏。
語源・由来
「鬼の空念仏」の由来は、相反する二つの要素を組み合わせた風刺的な表現にあります。
古来、鬼は情けのかけらもない恐ろしい存在の代名詞でした。
一方、念仏は仏に救いを求める神聖な行為ですが、心が伴わなければ単なる音の羅列に過ぎません。
本来は慈悲の心と最も遠い場所にいるはずの「鬼」が、不釣り合いな「念仏」を唱えているという滑稽で不気味な構図が、中身のない偽善を鋭く突いています。
使い方・例文
「鬼の空念仏」は、普段の行いが悪い人が見え透いた親切をしたり、利益のために殊勝な振る舞いをしたりする不誠実さを指摘する場面で使われます。
例文
- 減給直後に労いの言葉をかけるのは、鬼の空念仏だ。
- 頼み事がある時だけ優しくなる兄は、鬼の空念仏そのものだ。
- 不祥事の後に急に慈善活動を始めるのは、鬼の空念仏に過ぎない。
- 厳しい父が小遣いをくれる前に説教をするのは、鬼の空念仏のようだ。
誤用・注意点
「鬼の目にも涙」との違い
非常によく似た言葉に「鬼の目にも涙」がありますが、意味の核心は正反対です。
- 鬼の空念仏:
慈悲のフリをしているだけで、心は冷酷なまま(偽りの慈悲)。 - 鬼の目にも涙:
冷酷な人でも、稀に本心から感動したり同情したりする(真実の慈悲)。
相手の優しさが本物であれば「涙」、見せかけであれば「空念仏」と使い分けます。
類義語・関連語
「鬼の空念仏」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 衣の下の鎧(ころものしたのよろい):
穏やかな僧衣の下に鎧を隠し持っているように、表面は優しそうだが心に敵意を隠していること。 - 猫を被る(ねこをかぶる):
本性を隠しておとなしそうに見せること。
対義語
「鬼の空念仏」とは対照的な、本心からの慈悲や裏表のない様子を表す言葉です。
- 鬼の目にも涙(おにのめにもなみだ):
無慈悲な人でも、時には情けに負けて涙を流すこと。 - 直情径行(ちょくじょうけいこう):
自分の感情を隠さず、思った通りに行動すること。
英語表現
「鬼の空念仏」を英語で表現する場合、見せかけの姿や偽善を表すフレーズが用いられます。
A wolf in sheep’s clothing
「羊の皮を被った狼」
聖書に由来する非常に有名な表現です。外見は無害な羊を装っているが、本性は危険な狼であることを指します。
- 例文:
Don’t be fooled by his kind words; he is a wolf in sheep’s clothing.
(彼の優しい言葉に騙されるな。あれは鬼の空念仏だ。)
Crocodile tears
「ワニの涙」
獲物を食べる時に涙を流すという伝説から、嘘泣きをして慈悲を装うことを意味します。
- 例文:
He shed crocodile tears after firing his staff.
(彼は部下を解雇した後、鬼の空念仏のような涙を流した。)
まとめ
「鬼の空念仏」は、言葉や態度がいかに立派でも、そこに心が伴っていなければ、かえって相手の警戒を招くことを教えてくれる言葉です。
人の本質は、一時の殊勝な振る舞いよりも、日頃の積み重ねにこそ現れます。
誰かの急な態度の変化に出会った際、それが本心からの「涙」なのか、あるいは一時の「空念仏」なのかを冷静に見極める眼を持ちたいものです。







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