ようやく静まり返ったリビング。
さっきまで泣きわめいていた子供がようやく眠りにつき、家族がホッと胸をなでおろした瞬間に、誰かがうっかり大きな音を立ててしまう。
せっかくの平穏が台無しになり、再び騒ぎが始まる。
そんな、わざわざ余計なことをして問題を蒸し返す状況を、
「寝た子を起こす」(ねたこをおこす)と言います。
意味・教訓
「寝た子を起こす」とは、すでに解決して落ち着いている物事に対して、余計な手出しをして再び厄介な騒ぎを引き起こすことを意味します。
単にトラブルを作るだけでなく、「せっかく収まっていたのに」という、周囲の落胆やあきれた気持ちが含まれるのが特徴です。
静かにしておくのが一番であるという教訓も込められています。
語源・由来
「寝た子を起こす」は、江戸時代の庶民の生活から生まれた日本独自の比喩表現です。
ぐっすり眠っている赤ん坊や子供は静かで平和ですが、それを無理に起こせば激しく泣きわめき、あやすために多大な労力が必要になります。
この日常的な光景を、社会的なトラブルや人間関係のいざこざに例えたものです。
江戸時代中期にはすでに使われており、『江戸いろはかるた』の読み札として採用されたことで、教訓として広く一般に定着しました。
現在でも、終わったはずの不祥事を掘り返したり、誰かの怒りをわざわざ再燃させたりする場面で頻繁に使われます。
使い方・例文
「寝た子を起こす」は、余計な一言や不必要な行動によって、平穏な空気が壊される文脈で使われます。
特に「わざわざ」「今さら」といった、余計なお節介であることを強調するニュアンスを伴うことが多い言葉です。
例文
- せっかく騒動が収まりかけているのだから、余計な発表をして「寝た子を起こす」ような真似は避けるべきだ。
- 「せっかくお母さんの機嫌が直ったのに、古い成績表を見せて寝た子を起こすのはやめてよ」と弟に釘を刺した。
- 過去の些細な失敗を蒸し返すと、かえって「寝た子を起こす」結果になり、チームの雰囲気は悪化してしまった。
文学作品・メディアでの使用例
この言葉は、人間の心理や複雑な関係性を描く近代文学の中でも象徴的に使われています。
『門』(夏目漱石)
夫婦の静かな、しかし重い過去を抱えた生活を描いた作品の中で、隠されていた過去が露呈しそうになる不安を表現する際に用いられています。
それを今更、又態々寝た子を起こす様な事をしては済まないと云う心細さから、御米は自身の決心をさえ、時々疑い出した。
誤用・注意点
「寝た子を起こす」は、ネガティブな結果を招く行為に対して使われる言葉です。
そのため、「眠っている才能を開花させる」や「活気のない場所を盛り上げる」といった、ポジティブな意味で使うのは誤りです。
また、周囲の人に対して「あなたは寝た子を起こしましたね」と言うと、「余計なことをして迷惑だ」という強い非難の意味になってしまうため、相手との関係性には注意が必要です。
類義語・関連語
「寝た子を起こす」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 藪をつついて蛇を出す(やぶをつついてへびをだす):
余計なことをして、自ら災いを招くこと。 - 触らぬ神に祟りなし(さわらぬかみにたたりなし):
関わりさえしなければ災いを受けることはないので、余計な手出しはしないほうがよいということ。 - 蒸し返す(むしかえす):
解決したはずのことを、再び問題にすること。 - 波風を立てる(なみかぜをたてる):
平穏な状態のところに、もめごとを起こすこと。
対義語
「寝た子を起こす」とは対照的な意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- ほとぼりが冷める(ほとぼりがさめる):
高ぶった感情や、世間の騒ぎが落ち着くこと。 - 臭いものに蓋をする(くさいものにふたをする):
根本的な解決をせず、一時的に隠してやり過ごすこと。 - 水に流す(みずにながす):
過去のトラブルをすべてなかったことにし、こだわりを捨てること。
英語表現
「寝た子を起こす」を英語で表現する場合、動物を用いた有名な慣用句があります。
Let sleeping dogs lie.
- 意味:「寝ている犬はそのままにしておけ」
- 解説:日本語の「寝た子」が英語では「犬」になっています。起こすと噛みつかれる恐れがあることから、余計な刺激を与えるなという教訓として使われます。
- 例文:
I decided to let sleeping dogs lie and didn’t mention her past mistake.
(私は寝た子を起こさないことに決め、彼女の過去の失敗については触れなかった。)
日英で異なる「起こしてはいけないもの」
日本語では「寝た子」を起こすと言いますが、英語では前述の通り「寝ている犬(sleeping dogs)」を起こすなと言います。
この対比には、それぞれの文化圏が抱く「恐怖」や「リスク」の違いが表れていて興味深いものです。
日本語の「子(赤ん坊)」の場合、起こした際のリスクは「激しい泣き声」や「あやす手間」といった、主に平穏な時間が壊される煩わしさに重点が置かれています。
一方で英語の「犬」は、起こせば「吠えられる」「噛みつかれる」といった、直接的な危害や攻撃を受ける危険性を暗示しています。
「放っておくのが一番」という結論は同じですが、言葉の裏側にある「なぜ放っておくのか」という心理に目を向けると、より理解が深まります。
まとめ
一度静まった問題を再び掘り返すことは、勇気ある行動に見えることもありますが、多くの場合、周囲を混乱させるだけの結果に終わりがちです。
「今、それを言う必要があるのか」
「このまま静観したほうが良いのではないか」
そんな風に一歩立ち止まって考える冷静さを、「寝た子を起こす」という言葉は教えてくれているのかもしれません。
物事の引き際や静観の価値を知ることで、日常の人間関係はより円滑なものになることでしょう。







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