大切にしていたものを失った瞬間や、夕暮れ時の街並みにふと感じる寂しさ。
あるいは、誰かの不運を自分のことのように痛ましく思う気持ち。
心に冷たい雨がしとしとと降り注ぐような、しんしんとした静かな感情を「哀」(あい)と言います。
- 心の奥底から湧き出す悲しみ
- 断腸の思い(だんちょうのおもい)
- 悲嘆に暮れる(ひたんにくれる)
- 哀別離苦(あいべつりく)
- 死んだ子の年を数える(しんだこのとしをかぞえる)
- 袖を絞る(そでをしぼる)
- 泣きっ面に蜂(なきっつらにはち)
- 他者に寄り添う同情と共感
- 世の移ろいとはかなさ
- 諸行無常(しょぎょうむじょう)
- 盛者必衰(じょうしゃひっすい)
- 泡沫夢幻(ほうまつむげん)
- 孤城落日(こじょうらくじつ)
- 秋の日は釣瓶落とし(あきのひはつるべおとし)
- 後悔とやり場のない思い
- ほぞを噛む(ほぞをかむ)
- 愁眉をひそめる(しゅうびをひそめる)
- 覆水盆に返らず(ふくすいぼんにかえらず)
- 【特集】 「喜怒哀楽」のことわざ・慣用句・故事成語・四字熟語
心の奥底から湧き出す悲しみ
断腸の思い(だんちょうのおもい)
はらわたがちぎれるほど、つらく悲しい思い。
中国の故事で、捕らえられた子ザルを追った母ザルが、悲しみのあまり腸(はらわた)が寸断されて死んでいたという逸話に由来します。
愛するペットとの別れや、守りたかった約束を果たせなかったときなど、耐え難いほどの悲痛な心情を表す際に使われます。
悲嘆に暮れる(ひたんにくれる)
深い悲しみに沈み、どうすることもできずにいる状態。
「暮れる」という言葉が示す通り、日が暮れるまで、あるいは来る日も来る日も悲しみの中に留まっている様子を指します。
大きな失敗をして落ち込んでいる友人の姿や、大切な思い出の品を失ったときの喪失感を表現するのに適しています。
哀別離苦(あいべつりく)
愛する者と別れる苦しみ。
仏教が説く「四苦八苦」の一つで、人間が避けることのできない根本的な悲しみとされます。
親しい友人との転校による別れ、長年連れ添った家族との死別など、縁ある人との離反に伴う深い精神的な痛みを象徴する四字熟語です。
死んだ子の年を数える(しんだこのとしをかぞえる)
すでにどうにもならないことを、いつまでも嘆き悲しむこと。
亡くなった子供が生きていれば今頃は何歳だろうと数える様子から、取り返しのつかない過去を悔やみ続ける虚しさと悲しさを表します。
終わったことだと分かっていても、心がそこから動けない、深い執着を伴う悲しみの表現です。
袖を絞る(そでをしぼる)
涙で濡れた着物の袖を絞るほど、激しく泣き悲しむ様子。
古典的な表現ですが、現代でも「ハンカチを絞るほど泣く」といったニュアンスで悲しみの深さを強調する際に用いられます。
言葉にならないほどの悲しみに、ただ涙を流し続ける切ない情景が目に浮かぶ言葉です。
泣きっ面に蜂(なきっつらにはち)
不幸や不運が重なることのたとえ。
悲しくて泣いている顔を、さらに蜂が刺すという、どうしようもない不運の連続を指します。
忘れ物をして叱られた帰り道に雨に降られるといった、日常の「ついていない」状況を自嘲気味に表現する際にもよく使われます。
他者に寄り添う同情と共感
身につまされる
他人の不幸や苦しみが、自分のことのように切実に感じられること。
他人の状況が自分の心にぐっと入り込んでくる感覚を指します。
似た境遇の人の苦労話を聞いて、思わず目頭が熱くなるような、深い共感を伴う同情の心を表します。
同病相憐れむ(どうびょうあいあわれむ)
同じ悩みや苦しみを持つ者同士は、互いにそのつらさが分かり、同情し合うということ。
「憐れむ」には「愛(かな)しむ」というニュアンスも含まれ、単なるかわいそうという視点ではなく、痛みを通じ合わせる連帯感を示しています。
挫折を経験した者同士が、静かに励まし合うような場面にふさわしい言葉です。
判官贔屓(ほうがんびいき)
弱い立場にある者や、非業の死を遂げた敗者に同情し、肩を持つこと。
兄の源頼朝に追われ、悲劇的な最期を遂げた源義経(九郎判官)に対して、当時の人々が寄せた深い同情が語源です。
勝者よりも、懸命に戦いながらも敗れてしまった側に心を寄せる、日本的な哀れみの感情を象徴しています。
見るに忍びない(みるにしのびない)
あまりにも気の毒で、まともに見ていられない気持ち。
相手の置かれた状況が残酷であったり、あまりに不憫であったりして、正視することが苦痛である様子を指します。
震えている迷い犬を見かけたときや、怪我で立ち上がれない選手を見たときなど、助けてあげたいけれど何もできないもどかしさと同情が混ざった表現です。
胸が痛む(むねがいたむ)
他人の不幸や苦しみを知り、自分までつらく感じること。
相手の痛みを自分の心臓の痛みとして受け止める、最も直接的で普遍的な同情の表現です。
「可哀想に」という言葉の裏にある、相手の苦しみを少しでも分かち合おうとする優しい心が込められています。
世の移ろいとはかなさ
諸行無常(しょぎょうむじょう)
この世のすべてのものは常に変化し、永遠に変わらないものはないということ。
『平家物語』の冒頭でも有名なこの言葉は、どんなに勢いのある者もいつかは衰えるという、世の中のはかなさを説いています。
満開の桜が散る様子や、賑やかだった祭りの後の静けさに感じる、日本独特の「もののあわれ」を凝縮した言葉です。
盛者必衰(じょうしゃひっすい)
勢い盛んな者も、必ずいつかは衰え滅びるということ。
「諸行無常」と並んで使われることが多く、栄華を極めた存在が消えていくときの物悲しさを強調する言葉です。
歴史の教科書に出てくるような大きな出来事だけでなく、かつて賑わった商店街がシャッター通りに変わる様子など、時の流れによる寂しさを表す際にも使われます。
泡沫夢幻(ほうまつむげん)
水の泡やまぼろしのように、はかなく消えやすいもののたとえ。
一瞬の煌めきはあるけれど、手で掴もうとすれば消えてしまう。
そんな成功や栄華のはかなさを嘆く言葉です。
夢中になって追いかけたものが、実は実体のないものだったと気づいた時の虚しさを象徴しています。
孤城落日(こじょうらくじつ)
勢いが衰え、助けもなく心細く頼りない様子のたとえ。
ぽつんと残された一軒の家と、今にも沈みそうな夕日の光景は、誰にも顧みられない寂しさの極致を描いています。
かつての賑わいが消え、ひっそりと静まり返った場所や、全盛期を過ぎた人物の哀愁を表現する際に用いられます。
秋の日は釣瓶落とし(あきのひはつるべおとし)
秋の日は、井戸の釣瓶が落ちるように、あっという間に暮れてしまうこと。
急速に闇が迫ってくる秋の夕暮れは、人の心に言いようのない寂しさや焦りをもたらします。
季節の移ろいを感じるとともに、何かが終わっていくことへの物悲しさを表す際にぴったりの言葉です。
後悔とやり場のない思い
ほぞを噛む(ほぞをかむ)
どうにもならないことを後悔して、ひどく残念がること。
「ほぞ」とはおへそのことで、自分のおへそを噛もうとしても届かないことから、後の祭りであることを指します。
あのとき一言謝っておけばよかった、もっと練習しておけばよかった、という切なくも苦しい後悔の念を象徴する慣用句です。
愁眉をひそめる(しゅうびをひそめる)
心配事や悲しみで眉を寄せ、暗い表情をすること。
「愁眉」は悲しみに沈んだ眉のこと。
どう解決していいか分からない大きな悩みに直面し、心が沈んでいる様子を外見から描写する言葉です。
覆水盆に返らず(ふくすいぼんにかえらず)
一度起きてしまったことは、二度と元の状態に戻すことはできないということ。
一度こぼれた水が盆に戻らないように、別れた男女や壊れた信頼関係を嘆く際によく使われます。
「哀」の感情の中でも、特に「取り返しのつかない喪失感」を強く印象づける故事成語です。
【特集】 「喜怒哀楽」のことわざ・慣用句・故事成語・四字熟語
「喜怒哀楽」に関係する有名なことわざ・慣用句・故事成語・四字熟語の一覧記事です。











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