どんなに努力を重ねても、目の前の壁がびくともせず、自分の無力さに立ちすくんでしまうことがあります。
しかし、そこであきらめず、ただひたすらに「成し遂げたい」と強く願い続けることで、思いもよらない道が開けるかもしれません。
そのような強い意志の力が持つ可能性を、
「念力岩をも通す」(ねんりきいわをもとおす)と言います。
意味・教訓
「念力岩をも通す」とは、どのような困難なことでも、一心に思いを込めて取り組めば必ず成就するという教訓です。
ここでの「念力」とは、単なる超能力のような不思議な力ではなく、一つの目的に向かって全精神を集中させる「強い意志」を指します。
本来なら突き通すことなど不可能な硬い岩であっても、一点に集中した精神力の前では無力であるという比喩です。
語源・由来
「念力岩をも通す」の由来は、中国の歴史書『史記』に記された、漢の時代の武将・李広(りこう)にまつわるエピソードにあります。
弓の名手であった李広が、ある夜の闇の中で、草むらに虎が潜んでいるのを見つけました。
彼は必死の思いで矢を放ち、見事に命中させます。
しかし翌朝、確認しに行くと、そこにいたのは虎ではなく大きな石でした。
驚くべきことに、放たれた矢は硬い石に深々と突き刺さっていました。
李広はその後、それが石だと分かった状態で何度も矢を射てみましたが、二度と刺さることはありませんでした。
このことから、「無我夢中で一心になれば、石に立つ矢のような奇跡も起こせる」と伝えられるようになったのです。
使い方・例文
「念力岩をも通す」は、自分を奮い立たせる座右の銘や、困難に立ち向かう人を励ます場面で用いられます。
例文
- 独学で難関資格に挑み、念力岩をも通すの心意気で合格を掴み取った。
- 全敗続きのチームだったが、念力岩をも通す勢いで練習し、ついに初勝利を挙げた。
- 無理だと言われた新製品開発を、念力岩をも通す熱意で完成させた。
類義語・関連語
「念力岩をも通す」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 精神一到何事か成らざらん(せいしんいっとうなにごとかならざらん):
精神を集中して事に当たれば、どのような難事であっても成し遂げられないことはないという意味。 - 一念通天(いちねんつうてん):
固く決心してひたむきに励めば、その強い思いが天に届いて必ず成就することを指す。 - 石に立つ矢(いしにたつや):
必死の思いで全力を尽くせば、石に矢を突き刺すような奇跡も起こせるというたとえ。 - 点滴石を穿つ(てんてきいしをうがつ):
「念力岩をも通す」が瞬発的な集中力を指すのに対し、こちらは小さな努力を継続することの重要性を説く言葉。
英語表現
「念力岩をも通す」を英語で表現する場合、信念や意志の力を強調するフレーズが使われます。
Faith can move mountains.
「信仰(信念)は山をも動かす」
強い確信があれば、どんなに巨大な障害も取り除くことができるという聖書由来の表現です。
- 例文:
Don’t give up. Faith can move mountains.
(諦めるな。強い信念は山をも動かすんだ。)
Where there is a will, there is a way.
「意志あるところに道は開ける」
強い目的意識があれば、必ず解決策や手段が見つかるという非常に有名な格言です。
念力の本来の意味
現代で「念力」という言葉を耳にすると、手を触れずに物を動かすサイコキネシスのような超能力を連想するかもしれません。
しかし、本来この言葉は仏教用語の五力(ごりき)に由来しています。
仏教における「念力」とは、正しい教えを常に心に留め、雑念を払って一点に集中する力を指します。
魔法のような不思議な力ではなく、私たちが内側に秘めている「ぶれない志」こそが、岩をも通すほどの大きなエネルギーを生み出すと言えるでしょう。
まとめ
「念力岩をも通す」という言葉は、私たちに精神の集中が持つ底力を思い出させてくれます。
物理的な条件や周囲の評価に惑わされず、ただ「これだけはやり遂げる」という純粋な思いを貫くこと。
それが、一見不可能に見える現実を突破するための、最大の武器になることでしょう。





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