世の中には、多くの人が「良い」と感じるものがある一方で、首を傾げたくなるような独特なものを好む人もいます。
食の好みや趣味、あるいは恋愛対象において、「どうしてそれを選んだの?」と不思議に思った経験はないでしょうか。
そんな、人それぞれの好みの多様性を表す言葉として、
「蓼食う虫も好き好き」(たでくうむしもすきずき)があります。
意味
「蓼食う虫も好き好き」とは、人の好みは様々で、一概には言えないことの例えです。
一般的には好まれないような物事であっても、中にはそれを好む人もいるという意味で使われます。
しばしば「物好きだね」というニュアンスで使われますが、根本には「好みは理屈ではない」「他人の領域に口を出すべきではない」という、多様性を認める教訓が含まれています。
語源・由来

「蓼食う虫も好き好き」の由来は、植物の「蓼(たで)」と、それを食べる昆虫の習性にあります。
ここでの「蓼」とは、水辺などに生えるタデ科の植物「柳蓼(ヤナギタデ)」のことです。
この草の葉には特有の強い辛味成分があり、普通の動物や虫は敬遠して寄り付きません。
しかし、自然界にはそんな辛い蓼をあえて好んで食べる虫(タデハムシなど)が存在します。
このことから、「大多数の虫が嫌うような辛い草を食べる虫がいるように、人間社会においても人の好みは様々である」という意味で使われるようになりました。
使い方・例文
「蓼食う虫も好き好き」は、人の好みが理解できない場合や、逆に自分の独特な好みを表明する(開き直る)場合に使われます。
食べ物の味覚だけでなく、趣味、異性のタイプ、ライフスタイルなど、あらゆる「好き嫌い」に対して使用可能です。
例文
- 彼は毎週末、誰もいない山奥へ行って石を拾っているらしい。「蓼食う虫も好き好き」と言うが、何がそんなに楽しいのだろう。
- 姉の連れてきた彼は、お世辞にもハンサムとは言えないが、「蓼食う虫も好き好き」で、姉にとっては最高のパートナーなのだろう。
- 「蓼食う虫も好き好き」と言うでしょう。周りが何と言おうと、私はこの色使いが気に入っているの。
誤用・注意点
この言葉を使用する際、最も気をつけなければならないのは「相手への敬意」です。
由来が「(普通の虫なら食べない)辛くて不味い草を食べる」ことにあるため、他人の好みに対して使うと、「よくあんな変なものが好きになれるね(物好きだね)」という皮肉や侮辱として受け取られるリスクがあります。
- OK:自分の好みについて使う場合。(「私はこれが好きなんだ、変わってるかもしれないけどね」という自虐や謙遜)
- 注意:他人のパートナーや、熱中している趣味に対して直接使う場合。(「あんな人がいいの?」「変な趣味だね」という批判的なニュアンスになり失礼にあたる)
目上の人や親しくない相手に対しては、この言葉ではなく「十人十色ですね」や「こだわりがありますね」といった、より中立的で肯定的な表現を選ぶのがマナーです。
類義語・関連語
「蓼食う虫も好き好き」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 十人十色(じゅうにんといろ):
十人いれば十通りの好みや考えがあるということ。「違い」を事実として述べるだけで、「物好き」というニュアンスを含まないため、最もポジティブに使えます。 - 三者三様(さんしゃさんよう):
三人いれば三様のやり方や性質があること。それぞれのやり方を尊重する際によく使われます。 - 千差万別(せんさばんべつ):
種々様々に異なっていること。人の好みだけでなく、物事の状態など幅広い対象に使われます。 - 痘痕もえくぼ(あばたもえくぼ):
好きになった相手なら、欠点(あばた)さえも長所(えくぼ)に見えるということ。好みの主観性を表す言葉です。
英語表現
「蓼食う虫も好き好き」を英語で表現する場合、以下のようなフレーズが定型句として使われます。
There is no accounting for taste.
- 意味:「好みを説明することはできない」
- 解説:なぜそれが好きなのかを論理的に説明するのは不可能だ、つまり「人の好みは理屈ではない」という意味で、最も一般的に使われる表現です。
- 例文:
She fell in love with him? Well, there is no accounting for taste.
(彼女が彼と恋に落ちたの? まあ、蓼食う虫も好き好きだね。)
To each his own.
- 意味:「それぞれにそれぞれのものを」
- 解説:人にはそれぞれの好みややり方がある、という簡潔なフレーズです。
- 例文:
I don’t like natto, but to each his own.
(私は納豆が嫌いだけど、好みは人それぞれだね。)
柳蓼の豆知識


由来となった「柳蓼(ヤナギタデ)」は、実は私たちの食生活にも密接に関わっています。
ことわざの中では「虫も嫌がる辛い草」として登場しますが、人間はこの辛味を薬味として利用してきました。
最も有名なのが、鮎の塩焼きに添えられる鮮やかな緑色のソース「蓼酢(たでず)」です。
これは、すり潰した蓼の葉を酢でのばしたもので、その独特の辛味と香りが、脂の乗った鮎の風味を引き立て、臭みを消す役割を果たします。
また、刺身のつまとして添えられる赤紫色の小さな芽「紅蓼(べにたで)」も、この仲間の植物です。
「蓼食う虫」だけでなく、私たち人間もまた、この刺激的な味を「好き好き」で楽しんでいると言えるでしょう。
まとめ
言葉の意味を知ると、自分とは異なる価値観に出会ったときでも、少し寛容な気持ちになれるのではないでしょうか。
「蓼食う虫も好き好き」は、一見理解しがたい他人の好みやこだわりも、自然界の摂理と同じように「それもまた一つの正解である」と認めるための知恵です。
自分の「好き」を大切にしながら、他人の「好き」も尊重する。そんな心地よい距離感を保つために、この言葉を思い出してみてください。




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