日々の生活の中で、二つの選択肢を前に悩み、どちらかを選ばなければならない場面は多いものです。
すべての願いを叶えようとして、結局どちらも中途半端に終わってしまったという苦い経験は誰にでもあるのではないでしょうか。
何か大きな成果を得るためには、時に大切なものを手放す勇気が必要であることを説くのが、
「小を捨てて大に就く」(しょうをすててだいにつく)という言葉です。
意味
「小を捨てて大に就く」とは、大きな利益や重要な目的を達成するために、目先の小さな利益や些細なこだわりを犠牲にするという意味です。
欲張ってすべてを得ようとすれば、力が分散して失敗する可能性があります。
あえて小さなものを切り捨てることで、結果として本当に大切な大きなものを手に入れるという、戦略的な判断や決断力を表す言葉です。
- 小:目先の利益、小さなこだわり、部分的・一時的な成功。
- 大:将来の大きな利益、本来の目的、全体的・長期的な成功。
- 就く:その方へ向かう、従う、成し遂げるという意味。「大に就く」で、大きな成果を得る方を選ぶことを指します。
語源・由来
「小を捨てて大に就く」の由来は、囲碁の心得を説いた古典にあります。
中国・唐の時代の棋士、王積薪(おうせきしん)が作ったとされる『囲碁十訣(いごじっけつ)』という十箇条の教訓の中に、「捨小就大(小を捨てて大に就く)」という言葉が登場します。
囲碁では、盤面全体の勝利(大)を得るために、あえて自分の石の一部(小)を相手に取らせたり、小さな陣地を諦めたりする戦術が必要不可欠です。
この「部分的な損をしてでも、大局的な勝利を目指す」という極意が、広く一般的な処世術として定着しました。
漢字の表記について
「就く」の部分を、「付く」と書くのは本来誤りです。「就く」には「ある地位や役目に就く」という意味のほかに、「従う」「目標に向かって進む」という意味があります。
使い方・例文
人生の岐路での決断や、資源を集中させる際の判断など、ポジティブな戦略として使われます。
ビジネスシーンだけでなく、学業や日常生活における「取捨選択」の場面でも広く用いられます。
例文
- 志望校に合格するため、今は大好きなゲームを封印して「小を捨てて大に就く」覚悟を決めた。
- チーム全体の優勝という目標の前では、個人の記録へのこだわりなど小さなことだ。
まさに「小を捨てて大に就く」精神でプレーしよう。 - 家のリフォーム費用を捻出するために、乗らなくなった車を手放すことにした。
これは「小を捨てて大に就く」英断だと思っている。
将棋や囲碁での使用例
この言葉は、由来である囲碁や、将棋の解説でも頻繁に使われます。
プロの対局では、重要な駒を取るため、あるいは相手の王将を詰むために、あえて自分の駒をタダで取らせる「捨て駒(捨て石)」という高等戦術が登場します。
解説者が「ここで飛車を見捨てたのは、まさに「小を捨てて大に就く」構想ですね」と称賛する場面が見られます。
誤用・注意点
「小異を捨てて大同に就く」との混同
非常によく似た言葉に「小異(しょうい)を捨てて大同(だいどう)に就く」があります。
- 小を捨てて大に就く:
損得や戦略の話。「小さな利益を捨てて、大きな利益をとる」 - 小異を捨てて大同に就く:
議論や協力の話。「小さな意見の違いは無視して、大きな共通点で団結する」
意味が異なりますので、使い分けに注意が必要です。
冷酷な切り捨ての口実
この言葉は本来、自分の利益やこだわりを捨てるという「自律的な決断」に使われるべきものです。
リストラや予算削減など、他者に犠牲を強いる場面で経営者やリーダーがこの言葉を使うと、「弱者を切り捨てるための正当化」と受け取られ、反感を買う恐れがあります。
類義語・関連語
「小を捨てて大に就く」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 肉を切らせて骨を断つ(にくをきらせてほねをたつ):
自分も傷つく覚悟で、相手にそれ以上の致命的な打撃を与えること。捨て身の覚悟というニュアンスが強い言葉です。 - 尺を枉げて尋を直くす(しゃくをまげてひろをなおくす):
「尺」は短い長さ、「尋」は長い長さ。小さなことは曲げて犠牲にしても、大きな正義や目的を通すことのたとえです。(出典:『孟子』) - 損して得取れ(そんしてとくとれ):
一時的には損をしても、それが将来の利益につながるようにせよという商売の教訓。
対義語
「小を捨てて大に就く」とは対照的な意味を持つ言葉は、以下の通りです。
- 一文惜しみの百知らず(いちもんおしみのひゃくしらず):
目先のわずかな出費を惜しんで、後で大きな損をすることに気づかないこと。「安物買いの銭失い」に近い意味です。 - 鹿を追う者は山を見ず(しかをおうものはやまをみず):
目先の利益(鹿)を追うことに夢中になって、周りの状況や危険(山)が見えなくなってしまうこと。 - 木を見て森を見ず(きをみてもりをみず):
細部にこだわりすぎて、全体の本質をつかめないこと。
英語表現
「小を捨てて大に就く」を英語で表現する場合、釣りや投資に例えた言い回しが存在します。
Throw a sprat to catch a whale
- 直訳:クジラを捕まえるために小魚(スプラット)を投げる。
- 意味:「海老で鯛を釣る」
- 解説:日本の「海老で鯛を釣る」と同様に、小さな元手で大きな利益を得ることを指しますが、文脈によっては「小さな犠牲で大きな成果を得る」という意味でも使われます。
- 例文:
Sometimes you have to throw a sprat to catch a whale.
(時には、大きな成果を得るために小さな犠牲を払わなければならない。)
Sacrifice the small for the big
- 意味:「大のために小を犠牲にする」
- 解説:文字通り、直接的な表現です。日常会話よりも説明的な文脈で使われます。
豆知識
医療現場における「トリアージ」
災害医療などの現場で行われる「トリアージ(選別)」も、ある意味では「小を捨てて大に就く」という究極の選択に通じる概念を含んでいます。
限られた医療資源(医師、薬、時間)の中で、一人でも多くの命(大)を救うために、治療の優先順位をつけざるを得ない状況です。
言葉としては「切り捨てる」という冷たい響きに聞こえるかもしれませんが、非常時において全体を救うためには、感情を排した「大に就く」判断が、最も尊く、かつ苦しい決断として求められるのです。
まとめ
何かを得るためには、何かを手放さなければならない場面があります。
手の中にあるものに執着しすぎると、本当に掴みたかった未来の可能性を取り逃がしてしまうかもしれません。
「小を捨てて大に就く」という言葉は、私たちに「一番大切な目的は何か」を問いかけ、優先順位を見極めるための勇気を与えてくれる言葉だと言えるでしょう。




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