大きなチャンスを前にして、失敗のリスクに足がすくむ。
そんな勝負時、あえて自ら傷を負うことで決定的な勝利を掴み取る覚悟を、
「肉を切らせて骨を断つ」(にくをきらせてほねをたつ)と言います。
単なる無謀な飛び込みではなく、冷徹な計算と凄まじい執念が同居したこの言葉は、古くから日本人の勝負哲学として受け継がれてきました。
現代の日常や仕事においても役立つ、この言葉の本質を紐解いていきましょう。
意味
「肉を切らせて骨を断つ」とは、自分も手傷を負う覚悟で相手の懐に飛び込み、致命的な打撃を与えて勝利することを指します。
この言葉の核心は、「小を捨てて大を取る」という戦略的な犠牲にあります。
自分が受ける被害を「肉(浅い傷)」の段階で留め、その一瞬の隙に相手の「骨(致命部)」を粉砕して決着をつけるという意味です。
したがって、お互いに倒れる「共倒れ」や、無策な「自滅」を指す言葉ではありません。
語源・由来
「肉を切らせて骨を断つ」の由来は、日本の剣道や古武術の極意にあるとされています。
真剣勝負において、強敵を無傷で倒すことは極めて困難です。
守りに徹すればいずれ力尽きてしまいます。
そこで武芸者は、「自分の腕や肩の一枚を切らせる瞬間こそ、相手が最も無防備になる好機である」と考えました。
あえて自分から斬られにいくような極限の間合いに踏み込み、その一瞬にすべてを懸けて相手を斬り伏せる精神性が、この言葉として定着しました。
使い方・例文
「肉を切らせて骨を断つ」は、ビジネスの大きな商談から、趣味の対戦ゲーム、あるいは家庭内での心理戦まで、リスクを承知で大きなリターンを狙う場面で使われます。
例文
- 将棋で飛車を捨てて勝利を掴む、まさに「肉を切らせて骨を断つ」一手。
- 短期的な赤字を承知でシェアを奪いにいく、「肉を切らせて骨を断つ」価格戦略。
- 「肉を切らせて骨を断つつもりで、遊びを断って試験勉強に集中した」
誤用・注意点
この言葉を使う上で最も注意すべきは、結果として「勝っているかどうか」です。
自分も相手も再起不能になるような「痛み分け」や「相打ち」の状態を指して使うのは誤りです。
また、単に「ひどい目にあったけれど一発殴り返した」という復讐劇も、この言葉のニュアンスとは異なります。
あくまで最終的な勝利や目的達成のための「計算された犠牲」がある場合にのみ用いるのが適切です。
類義語・関連語
「肉を切らせて骨を断つ」と似た、覚悟や戦略を表す言葉には次のようなものがあります。
- 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(みをすててこそうかぶせもあれ):
自分の命を捨てるほどの覚悟があってこそ、初めて窮地を脱して成功を掴めるということ。 - 死中に活を求める(しちゅうにかつをもとめる):
絶体絶命の状況の中で、捨て身の覚悟でわずかな生き残る道を切り開くこと。 - 乾坤一擲(けんこんいってき):
運命を賭けて、のるかそるかの大勝負をすること。 - 捨て身(すてみ):
自分の社会的地位や命を顧みず、全力で事にあたること。
対義語
「肉を切らせて骨を断つ」とは対照的な、慎重さや無傷を重視する言葉は以下の通りです。
- 無傷の勝利(むきずのしょうり):
一点の犠牲も払うことなく、完璧に勝利を収めること。 - 石橋を叩いて渡る(いしばしをたたいてわたる):
非常に用心深く、確実なことしか行わない様子。 - 君子危うきに近寄らず(くんしあやうきにちかよらず):
教養のある者は、自ら危険な場所や争いごとに近づかないということ。
英語表現
「肉を切らせて骨を断つ」を英語で表現する場合、戦略的な取引や犠牲を意味するフレーズが適しています。
lose a battle to win the war
- 意味:「戦争に勝つために、一つの戦いに負ける」
- 解説:最終的な大きな勝利を得るために、目先の小さな敗北や犠牲を受け入れることを指します。
sacrifice a pawn
- 意味:「ポーン(駒)を犠牲にする」
- 解説:チェスにおいて、より大きな駒を取ったり勝利を確定させたりするために、あえて自分の駒を差し出す戦術のことです。
- 例文:I had to sacrifice a pawn to put his king in checkmate.
(王を詰ませるために、駒を犠牲にする必要があった。)
皮・肉・骨の三段階
この言葉には、さらに踏み込んだ「三段階」の表現が存在します。
皮を切らせて肉を断ち、肉を切らせて骨を断つ
本来は、「自分の皮を斬らせる間合いで相手の肉を削ぎ、肉を斬らせる間合いで相手の骨を断つ」という段階的な極意を指しています。
これは、自分が負うリスクが大きくなるほど、相手に与えるダメージも劇的に増大するという、武術における「対価」の冷徹な法則を説いたものです。
何一つ失いたくないという臆病な心が、かえって自分を危機に追い込む。
逆に、最も大切なものを守るために「何を差し出すか」を瞬時に決断できる者だけが、最後に勝利を掴めるという教えでもあります。
まとめ
「肉を切らせて骨を断つ」とは、自分も傷つくことを覚悟の上で、それ以上の成果を勝ち取ろうとする強固な意志を表す言葉です。
現代を生きる私たちにとって、常に無傷でいることは難しいかもしれません。
しかし、ここぞという場面で「何を犠牲にし、何を得るか」を冷静に見極めることができれば、困難な状況も打破できるはずです。
リスクを恐れすぎず、一歩踏み出すための勇気を与えてくれる言葉と言えるでしょう。






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