運動会の徒競走で横一線に並んでゴールしたり、テストの点数が数点差の中に全員が収まっていたり。
どれかが特別に優れているわけでもなく、かといって極端に劣っているわけでもない。
そんな、良くも悪くも「平均的で横並び」な状態を指して、古くから使われてきた言葉があります。
抜きん出た存在がおらず、似たようなレベルの者が集まっている様子。
まさに「団栗の背比べ」(どんぐりのせくらべ)という光景です。
意味
「団栗の背比べ」とは、どれもこれも似たり寄ったりで、抜きん出た者がいないことを例える言葉です。
どんぐりの実はどれも形や大きさが似通っており、背を測って比べても大差がないことから、実力や外見に目立った違いがない状況を指します。
基本的には、比較対象がどれも「平凡である」「あまりレベルが高くない」という、少し皮肉や謙遜を込めたニュアンスで使われるのが特徴です。
語源・由来
「団栗の背比べ」の語源は、身近な自然界の観察にあります。
クヌギやコナラなどのどんぐりを拾い集めて並べてみても、その大きさはどれも似たようなもので、はっきりと「これが一番大きい」と言い切れるものがなかなか見つからない様子から生まれました。
「江戸いろはかるた」の「と」の札(江戸版)に採用されたことで、庶民の間でも広く親しまれるようになりました。
特定の故事や歴史的な事件に基づいた言葉ではなく、日本人の生活に密着した植物を観察することで生まれた、非常に日本的な表現と言えます。
使い方・例文
「団栗の背比べ」は、自分たちの実力を謙遜して言う場合や、第三者の争いに決定打がないことを評する際に使われます。
学校の成績、趣味の技術、家庭でのちょっとした競い合いなど、日常のさまざまな場面で活用できます。
例文
- 兄と弟でテストの点数を競っているが、どちらも平均点以下で、まさに「団栗の背比べ」だ。
- 今回の料理コンテストは、どの作品も決め手に欠け、審査員は「団栗の背比べ」だと頭を抱えている。
- 「私たちのテニスの腕前なんて、団栗の背比べだから気楽にやろうよ」と友人を誘った。
- 複数の会社から見積もりを取ったが、価格もサービスも「団栗の背比べ」で、決定打が見当たらない。
文学作品・メディアでの使用例
この言葉は、明治・大正期の文学作品においても、人々の様子や状況を表現する際にしばしば用いられています。
『吾輩は猫である』(夏目漱石)
知識人たちが集まって議論を戦わせているものの、猫である主人公の目から見れば、どれも大した違いがない様子を描写する場面で使われています。
「なるほど。しかし、みんな団栗の背比べだね」
誤用・注意点
「団栗の背比べ」を使う際に最も注意したいのは、この言葉が「どんぐり(=小さくて平凡なもの)」を対象としている点です。
そのため、ハイレベルな争いをしている人たちに対して使うのは不適切です。
例えば、プロのアスリート同士が世界記録を争っているような場面で「まさに団栗の背比べですね」と言うと、「どちらも大したレベルではない」と相手を侮辱しているように受け取られる恐れがあります。
優れた者同士の接戦には「伯仲(はくちゅう)」や「互角(ごかく)」といった言葉を使うのが適切です。
類義語・関連語
「団栗の背比べ」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 五十歩百歩(ごじっぽひゃっぽ):
程度の差はあるものの、本質的には大した違いがないこと。 - 似たり寄ったり(にたりよったり):
互いの様子や程度がほとんど同じで、優劣がつけにくいこと。 - どっこいどっこい:
実力がほぼ同じで、どちらが勝つか分からない様子。 - 大同小異(だいどうしょうい):
大部分は同じで、細かい点だけが異なっていること。
対義語
「団栗の背比べ」とは対照的に、周囲よりも圧倒的に優れていることを示す言葉です。
- 鶏群の一鶴(けいぐんのいっかく):
凡人の中に、一人だけ抜きん出て優れた人が混じっていること。 - 掃き溜めに鶴(はきだめにつる):
むさ苦しい場所に、不釣り合いなほど立派な人が現れること。 - 群を抜く(ぐんをぬく):
多くの人の中で、能力や技術が格段に優れていること。
英語表現
「団栗の背比べ」を英語で表現する場合、以下のフレーズがニュアンスをうまく伝えてくれます。
Much of a muchness
- 意味:「似たり寄ったり」「どれも同じようなもの」
- 解説:どれも似ていて変化がなく、平凡であるというニュアンスで使われる口語的な表現です。
- 例文:
All these new smartphone models are much of a muchness.
(これらの新しいスマートフォンのモデルは、どれも団栗の背比べだ。)
Six of one and half a dozen of the other
- 意味:「どちらも同じようなもの(一方の6と、もう一方の半ダース)」
- 解説:言い方は違えど量は同じであることから、結局は「似たようなものだ」という意味で使われます。
- 例文:
I don’t mind which brand we buy; it’s six of one and half a dozen of the other.
(どのブランドを買っても構わない。どれも団栗の背比べだから。)
どんぐりという比喩の面白さ
なぜ、他の果実ではなく「どんぐり」が選ばれたのでしょうか。
それは、どんぐりが山や林に行けば誰でも拾える「ありふれたもの」の象徴だったからです。
一つひとつは可愛らしいどんぐりですが、特別な価値があるわけではなく、どこにでもあるもの。
そんな親しみやすさと「平凡さ」が、日本人の感性にマッチしたと言えるでしょう。
日常の些細な競い合いを、あえて「どんぐり」に例えることで、過度な対立を和らげるようなユーモアも感じられます。
まとめ
抜きん出た者がいない状況を指す「団栗の背比べ」。
この言葉は、単なる能力の比較だけでなく、どこか「みんな同じで安心する」という日本的な和の精神や、小さな争いを笑い飛ばす余裕も含んでいるのかもしれません。
周囲と自分を比べて一喜一憂しそうになったとき、この言葉を思い出すことで、少しだけ客観的に自分を見つめ直すことができるでしょう。
無理に背伸びをするばかりでなく、似た者同士で過ごす時間を楽しむことも、人生の豊かな知恵と言えるかもしれません。






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