目的を達成するために夢中になっていた道具や手段も、いざ目的を達してしまうと、その存在をすっかり忘れてしまった、ということはないでしょうか。
「魚を得て筌を忘る(うおをえてせんをわする)」は、まさにそのような状況と、そこから派生した人間の心理や行動の本質を表す故事成語です。
この言葉が持つ本来の意味から、現代で使われるようになった教訓、そして具体的な使い方や類語までを分かりやすく解説します。
「魚を得て筌を忘る」の意味・教訓
「魚を得て筌を忘る(うおをえてせんをわする)」とは、目的を達成すると、それまで役立っていた手段や道具、さらには世話になった人の恩までをも忘れてしまうことのたとえです。
「筌(せん)」とは、魚を捕るための竹製のカゴのような漁具を指します。「魚(目的)」を手に入れた途端、あれほど必要だった「筌(手段・道具)」が不要になり、文字通り忘れてしまう様子を表しています。
元々は、中国の思想書『荘子』において、「(魚を得れば筌を忘れるように)目的(真理)を理解したならば、それに至る手段(言葉)に固執する必要はない」という、ある種の悟りの境地を示す肯定的な文脈で使われました。
しかし、現代の日本語では、主に「目的を達したら冷たくなる」「苦しい時に助けてくれた人の恩を忘れる」といった、ネガティブな意味(恩知らずな態度)を戒める言葉として使われることが一般的です。

「魚を得て筌を忘る」の語源 – 『荘子』
この言葉の出典は、古代中国の思想書『荘子(そうじ)』の「外物篇(がいぶつへん)」です。
原文には
「筌は魚に在る所以なり。魚を得て筌を忘る。
(中略)
言は意に在る所以なり。意を得て言を忘る。」
とあります。
これは「筌は魚を捕るための道具であり、魚を得たら筌のことは忘れてしまう。
同様に、言葉は(真理という)意図を伝えるための道具であり、意図を理解したら言葉のことは忘れてよい」という意味です。
荘子は、手段や形式(言葉)にとらわれず、本質(意図・真理)を掴むことの重要性を説きました。
「魚を得て筌を忘る」の使い方と例文
前述の通り、現代では主に「恩知らずな態度」や「手段を軽んじること」を批判したり、戒めたりする文脈で使われます。
例文
- 「彼は社長になった途端、かつての恩師に挨拶もしなくなった。まさに魚を得て筌を忘るだ。」
- 「選挙に当選したとたん、あれほど熱心だった公約を忘れるとは、魚を得て筌を忘るの典型だ。」
- 「苦労して開発した技術も、製品がヒットすると軽んじられがちだ。魚を得て筌を忘ることなく、基礎研究の大切さを忘れてはならない。」
類義語・関連語
- 兎を得て蹄を忘る(うさぎをえてていをわする):
『荘子』にある言葉で、「魚を得て筌を忘る」と対句。兎を捕るためのワナ(蹄)も、兎を捕まえれば忘れてしまう、という意味。 - 得魚忘筌(とくぎょぼうせん):
「魚を得て筌を忘る」を四字熟語にしたもの。 - 川を渡り終えば杖を棄つ(かわをわたりおえばつえをすつ):
目的を達すると、それまで頼りにしていたものを捨てて顧みないことのたとえ。 - 喉元過ぎれば熱さを忘れる(のどもとすぎればあつさをわすれる):
苦しいことも、過ぎ去ってしまえばその苦しさを忘れてしまうこと。恩忘れのニュアンスも含む。
対義語
- 初心忘るべからず(しょしんわするべからず):
物事を始めた時の謙虚で真剣な気持ちを忘れてはならないという戒め。 - 恩を仇で返す(おんをあだでかえす):
恩を受けた相手に対し、感謝するどころか害を与えること。(「忘れる」以上に積極的な裏切りを示す)
英語での類似表現
Forget the bridge that carried you over.
- 直訳:「あなたを渡してくれた橋を忘れる」
- 意味:「苦しい時を乗り越えさせてくれた恩を忘れる」
- 解説:
目的(対岸に渡る)を達した途端、その手段(橋)のありがたみを忘れるという意味で、「魚を得て筌を忘る」のネガティブなニュアンス(恩忘れ)に非常に近いです。 - 例文:
He never talks to his old mentor anymore. He forgot the bridge that carried him over.
(彼はもう昔の恩師と話そうともしない。苦しい時に助けてくれた恩を忘れてしまったんだ。)
Kick down the ladder.
- 直訳:「ハシゴを蹴落とす」
- 意味:「自分が出世するために利用した人や手段を、出世後に切り捨てる」
- 解説:
自分が登り切った後、他の人が登れないように、あるいは自分の過去を隠すかのようにハシゴを蹴落とすイメージ。恩知らずな行為を指します。 - 例文:
As soon as she got promoted, she kicked down the ladder and ignored her former colleagues.
(彼女は昇進するやいなや、かつての同僚たちを無視し、ハシゴを蹴落とした。)
まとめ – 「魚を得て筌を忘る」から学ぶ本質
「魚を得て筌を忘る」は、元々は「本質を掴めば手段に固執しなくてよい」という『荘子』の深い思想から来ていますが、現代では主に「目的を達した途端に恩義を忘れる」という戒めの言葉として使われています。
目的を達成することはもちろん重要ですが、そこに至るまでに役立った道具や、支えてくれた人々の存在を忘れない謙虚さもまた、大切にすべき知恵と言えるでしょう。




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