「猫を被る」(ねこをかぶる)。
第一印象はとてもおとなしく上品に見えたのに、親しくなってみたら意外と気が強かったり、大胆な一面を持っていたりする。あるいは、好きな人の前や新しい環境では、つい自分を良く見せようと演じてしまう。
そんな「本性を隠して表面を取り繕う様子」を表す言葉として、この言葉は使われます。
一見すると可愛らしい響きですが、その裏にはしたたかな計算や、世渡りの知恵が隠されていることもあります。
この言葉の持つ本当の意味や、なぜ「猫」なのかという由来、そして似た意味を持つ言葉との使い分けについて解説します。
意味
「猫を被る」とは、主に以下の二つの意味で使われます。
- 本性を隠して、おとなしく上品に見せかけること。
- 実際は知っているのに、知らないふりをすること。
一般的には1の意味で使われることが多く、自分の悪い部分や荒っぽい部分を隠し、人当たりを良くする「処世術」や「偽装」を指します。
基本的には、相手を騙すようなニュアンスや、ぶりっ子をする様子など、ややネガティブな意味合いで用いられます。
語源・由来
「猫を被る」という表現が生まれた背景には、いくつかの説があります。決定的な定説はありませんが、主に以下の二つがよく知られています。
猫の性質に由来する説
動物の猫は、普段はとてもおとなしく、愛らしい仕草を見せます。
しかし、獲物を捕らえる瞬間や喧嘩の際には、鋭い爪を出して猛烈な攻撃性を見せることがあります。
この「普段の穏やかな様子」と「隠された凶暴性」のギャップから、本性を隠しておとなしく振る舞うことを、猫の皮を被ることに例えたという説です。
「ねこ」という道具に由来する説
こちらが有力な説の一つとされています。
かつて、藁(わら)で編んだむしろ(敷物)のことを、その形状や手触りから「ねこ」と呼んでいました。
この「ねこ(むしろ)」を被って姿を隠すこと、あるいは、それを被って知らんぷりをする様子から転じて、本性を隠す意味になったと言われています。
また、この「ねこ」を被ると視界が遮られることから、「見えていないふり(知らないふり)」という意味につながったとも考えられます。

使い方・例文
「猫を被る」は、学校、職場、恋愛、近所付き合いなど、あらゆる人間関係の場面で使用されます。
特に、初対面の人や目上の人、好意を寄せている相手に対して、自分を良く見せようと振る舞う状況でよく使われます。
「本性を隠している」という批判的な文脈で使われることもあれば、場を荒立てないための「大人の対応」として自嘲気味に使われることもあります。
例文
- 合コンの時だけお酒が飲めないふりをするなんて、彼女は「猫を被る」のが上手だ。
- 配属されたばかりの頃は「猫を被る」ことに必死だったが、半年も経てばすっかり地が出てしまった。
- 先生の前では真面目ぶっているが、裏ではクラスの誰よりもやんちゃだ。あいつは「猫を被る」天才だよ。
- 「そんな話、初めて聞きました」と驚いてみせたが、実は全部知っていた。いわゆる「猫を被る」作戦だ。
歌舞伎での使用例
わたしも初めはお前のやうに猫をかぶって遣って見たが
明治時代の作品ですが、この頃にはすでに「本性を隠して善人を装う」という意味で、この言葉が定着していたことが分かります。
誤用・注意点
「謙遜」や「実力の隠蔽」ではない
よくある間違いとして、能ある鷹は爪を隠すのように「実力があるのに、それをひけらかさない」という良い意味で使うのは誤りです。
「猫を被る」は、あくまで「本性(多くは欠点や荒い気性)を隠して、おとなしく見せる」ことであり、ポジティブな能力を隠す場合には使いません。
「借りてきた猫」との違い
似た言葉に「借りてきた猫」がありますが、意味が異なります。
- 猫を被る:
意図的に本性を隠して演じている。(能動的) - 借りてきた猫:
環境の変化などで緊張して、おとなしくなってしまっている。(受動的)
「彼は今日、猫を被っているね」と言うと「計算して演技している」ことになりますが、「借りてきた猫のようだね」と言うと「緊張して萎縮している」ことになります。
類義語・関連語
「猫を被る」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 空とぼける(そらとぼける):
知っているくせに、わざと知らないふりをすること。 - 頬被り(ほおかぶり):
手ぬぐいなどで頬を隠すこと。転じて、知っていながら知らないふりをすること。
「頬被りを決め込む」のように使う。 - かまとと:
知っているのに知らないふりをして、上品ぶったりウブなふりをしたりすること。
「蒲鉾(かまぼこ)は魚(とと)からできているの?」と聞いたという俗説に由来。 - 羊の皮を被った狼(ひつじのかわをかぶったおおかみ):
外見は親切で優しそうだが、内心は強欲で凶悪な人物のたとえ。 - 内弁慶(うちべんけい):
家の中では威張り散らすが、外では意気地がなくおとなしいこと。
「猫を被る」とは逆に、外で弱気なために結果としておとなしく見える状態。
→内弁慶の外地蔵
対義語
「猫を被る」とは対照的な意味を持つ言葉は、本性をさらけ出すことを表します。
- 地を出す(じをだす):
隠していた本来の性質や癖を表に出すこと。 - 本性を現す(ほんしょうをあらわす):
隠していた本来の(多くは悪い)性質をむき出しにすること。
英語表現
「猫を被る」を英語で表現する場合、状況によっていくつかの言い回しがあります。
play innocent
- 意味:「無実を装う」「知らないふりをする」
- 解説:悪さをしたのに「私じゃない」という顔をする、あるいは事情を知っているのに知らないふりをする、というニュアンスで最も一般的に使われます。
- 例文:
Don’t play innocent with me.
(猫を被るのはやめてくれ/しらばっくれるな。)
wear a mask
- 直訳:仮面をかぶる
- 意味:「本性を隠す」
- 解説:自分の本当の感情や性格を隠して、別人を演じることです。
- 例文:
He always wears a mask in front of his boss.
(彼は上司の前ではいつも猫を被っている。)
a wolf in sheep’s clothing
- 直訳:羊の服を着た狼
- 意味:「善人ぶった危険人物」「羊の皮を被った狼」
- 解説:聖書に由来する表現で、見かけは無害そうだが中身は危険であるという、かなり強い批判を込めた表現です。
猫にまつわるエピソード
「猫」という言葉がつく慣用句は数多くありますが、その多くで猫は「ずる賢い」「媚びる」「執念深い」といった、少しミステリアスで油断ならない存在として描かれています。
例えば「猫撫で声(ねこなでごえ)」は、機嫌をとるための甘えた声を指しますし、「猫の目のよう」といえば、コロコロと変わって落ち着きがない様子を表します。
一方で、由来の説にあった「ねこ(むしろ)」ですが、これは長野県や東北地方などで使われていた、背負い袋のような運搬具や、背中あて(防寒具)を指す方言でもあります。
これを背負った姿が、背中を丸めた猫のように見えたことから「ねこ」と呼ばれたとも言われています。
大工用語で手押し車のことを「ネコ」と呼ぶのも、伏せた猫に似ているから、あるいはこの運搬具に由来するなど、諸説あります。
まとめ
本性を隠して、おとなしく上品に振る舞うことを意味する言葉です。
円滑な人間関係を築くための「大人の知恵」として機能することもありますが、あまりにも実態とかけ離れた態度を取り続けると、後で「騙された」と思われて信用を失うリスクもあります。
自分を良く見せたいという心理は誰にでもあるものですが、無理に演じ続けるよりも、時折見せる素直な一面の方が、相手の心を開く鍵になることもあるでしょう。






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