第一志望の受験校をどこにするか、願書の提出期限が迫っている。
実力より少し上の憧れの学校に挑戦すべきか、それとも確実に合格を狙える安全圏の学校に変えるべきか。
どちらを選んでも大きな不安がつきまとい、決断を下せずに立ちすくんでしまう。
このような、進むことも退くこともできず、どうにもならない板挟みの状況を、
「進退維谷」(しんたいいこく)と言います。
意味
「進退維谷」とは、前進することも後退することも困難で、進退に窮することを意味する四字熟語です。
「進退窮まる」の語源となった言葉であり、どちらの道を選んでも悪い結果が予想されるような、八方ふさがりの窮地を指します。
- 進退(しんたい):
進むことと退くこと。行動や身の振り方。 - 維(これ):
ここでは「これこそが〜である」という強調の助詞。 - 谷(たに):
行き止まり。または、底に落ちれば這い上がれない深い谷。
「進むも退くも、そこは深い谷である」という絶望的な風景を描写した構成になっています。
語源・由来
「進退維谷」の由来は、中国最古の詩集である『詩経』の大雅(たいが)に収められた詩の一節にあります。
詩の中では、厳しい政情や社会の混乱によって、民衆が逃げ場を失い、追い詰められていく様子が描かれました。
「前に行けば崖があり、後ろに下がれば深い谷がある」という比喩は、単に地理的な難所を指すのではなく、人間の力が及ばない圧倒的な困難や、心理的な袋小路を象徴しています。
この言葉が日本に伝わり、後に「進退窮まる」という訓読された表現として一般に広く定着しました。
現在でも、より格調高い表現として、あるいは文学的な響きを持つ言葉として用いられています。
使い方・例文
「進退維谷」は、日常のちょっとした悩みよりも、人生を左右するような重大な局面や、どちらを選んでも痛みを伴うような「究極の選択」を迫られた際に使われます。
例文
- 友情を取るか恋を取るか、どちらを選んでも誰かを傷つけてしまう「進退維谷」の状況だ。
- A案は予算が足りず、B案は納期が間に合わない。まさに進退維谷の難題に直面している。
- 家族の反対を押し切って夢を追うか、安定した生活を選ぶか。彼は「進退維谷」の思いで悩み抜いた。
誤用・注意点
「進退維谷」の「維」の字を、音の似た「惟」や「遺」と書き間違えないよう注意が必要です。
また、意味が似ているからといって「進退両難(しんたいりょうなん)」と混同されることがありますが、こちらは「二つの選択肢の間で迷う」というニュアンスが強く、「進退維谷」の方がより「逃げ場のない窮地」という切迫感が強まります。
目上の人に対して「部長は進退維谷ですね」などと言うと、相手を袋小路に追い込まれた惨めな状況だと評することになり、非常に失礼にあたるため避けましょう。
類義語・関連語
「進退維谷」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 進退窮まる(しんたいきわまる):
前にも後ろにも行けず、どうにもならない状態になること。 - 絶体絶命(ぜったいぜつめい):
追い詰められて、逃げ場のない困難な立場にあること。 - 四面楚歌(しめんそか):
周囲がすべて敵や反対者ばかりで、助けがなく孤立していること。 - 暗雲低迷(あんうんていめい):
悪い状態が続き、好転の兆しが見えないこと。
対義語
「進退維谷」とは対照的な意味を持つ言葉は以下の通りです。
- 自由自在(じゆうじざい):
自分の思う通りに、何の制限もなく活動できること。 - 快刀乱麻(かいとうらんま):
複雑に絡み合った問題を、鮮やかに一気に解決すること。 - トントン拍子:
物事が滞りなく、非常に順調に進んでいく様子。
英語表現
「進退維谷」を英語で表現する場合、以下の定型句が適しています。
between the devil and the deep blue sea
「悪魔と深い青い海の間で」
前には恐ろしい悪魔、後ろには深い海。どちらに転んでも破滅が待っているという、究極の二択を迫られた状況を表します。
- 例文:
Choosing between a pay cut and a layoff is being between the devil and the deep blue sea.
(減給か解雇かの選択は、まさに進退維谷の状況だ。)
in a dilemma
「ジレンマに陥っている」
相反する二つの事柄の間で板挟みになり、どちらも選べずに困惑している状態を指す一般的な表現です。
- 例文:
He was in a dilemma about whether to stay or leave.
(彼はとどまるべきか去るべきか、進退維谷の板挟みになっていた。)
「維谷」という風景が教えるもの
「進退維谷」という言葉に含まれる「谷」の文字は、単なる物理的な崖っぷちだけを指すのではありません。
東洋の古い教えでは、谷は「空(から)」であると同時に、すべてを受け入れる「包容力」の象徴でもありました。
もし今、あなたがどちらを向いても谷しかないような窮地に立たされているとしても、それは裏を返せば、今の自分の立ち位置を根本から変えるべき時が来たという知らせかもしれません。
前進も後退もできないのであれば、その場に深く根を張るか、あるいは空を見上げて全く別の次元の解決策を待つ。
この言葉は、私たちに「無理に動かない勇気」や、視点を変える重要性を、密かに示唆してくれていると言えるかもしれません。
まとめ
「進退維谷」は、人生において避けられない「袋小路」を象徴する言葉です。
どちらの選択肢も苦しいという状況は、それだけあなたが真剣に物事に向き合い、責任感を持って悩んでいる証拠でもあります。
八方ふさがりだと感じたときこそ、この言葉の重みを感じつつ、あえて一歩も動かずに状況を静観することで、谷の底から新しい風が吹いてくるのを待つ余裕を持ちたいものです。







コメント