指示を出す役職者や意見を言う者ばかりが多く、方針がまとまらずに物事がとんでもない方向へ進んでしまう状況。このような機能不全を起こした集団を表すのが、
「船頭多くして船山に上る」(せんどうおおくしてふねやまにのぼる)です。
意味
「船頭多くして船山に上る」とは、指図する人が多すぎて方針が統一できず、物事がおかしな方向へ進んでしまうという意味です。組織における命令系統の乱れを批判したり、リーダー不在で混乱する状況を皮肉ったりする際に使われます。
- 船頭(せんどう):船を操縦する責任者
- 山(やま):本来船が進むはずのない場所
語源・由来
古くから日本で使われていることわざです。
船を川に進めるためには、一人だけが船頭として舵を取り、残りの者はそれに従って漕がなければなりません。しかし、一艘の船に何人もの船頭が乗り込み、それぞれが「右だ」「左だ」と勝手な指示を出せば、船は迷走し、ついにはあり得ないはずの山に登り上げてしまうという、非現実的で滑稽な比喩から生まれました。
使い方・例文
「船頭多くして船山に上る」は、指示系統が乱立して現場が混乱している場面で使われます。
- まさに船頭多くして船山に上るの状態だ。
- 船頭多くして船山に上るで話が進まない。
誤用・注意点
この言葉は「指示を出すリーダー役」が多すぎることを戒めるものです。単に「実作業をする人数が多いこと」を指して使うのは誤りです。
類義語・関連語
「船頭多くして船山に上る」と同様に、指示する者が多すぎて物事がまとまらない状況を表す言葉には以下のようなものがあります。
- 十羊九牧(じゅうようきゅうぼく):
十匹の羊に対して九人の羊飼いがいるように、命令する側ばかりが多くて現場が混乱すること。 - 烏合の衆(うごうのしゅう):
カラスの群れのように、明確なリーダーや規律がなく、ただ集まっただけの役に立たない集団のこと。 - 多岐亡羊(たきぼうよう):
道がいくつにも分かれているせいで逃げた羊を見失ったことから、選択肢や方針が多すぎて一つに定まらないこと。
「船頭多くして船山に上る」と類義語の違い
いずれも「多すぎてまとまらない」という共通点がありますが、焦点や事態の結末に決定的な違いがあります。
船頭〜は「見当違いな結果」に重きを置くのに対し、十羊九牧は「働き手との割合の異常さ」、烏合の衆は「規律のなさ」に焦点が当たります。
| 語句 | 焦点 | 事態の結末 |
|---|---|---|
| 船頭多くして船山に上る | 指図する人間の 「多さ」 | まったく見当違いの方向に進む |
| 十羊九牧 | 働き手に対する指示役の 「異常な割合」 | 現場が混乱して動けない |
| 烏合の衆 | 集団の 「規律と統率力の欠如」 | 何の役にも立たない |
英語表現
Too many cooks spoil the broth.
意味:料理人が多すぎるとスープがだめになる
- 例文:
We need to decide on one leader. Too many cooks spoil the broth.
リーダーを一人に決める必要があります。料理人が多いとスープがだめになりますから。
命がけの航海が生んだ鉄の掟
江戸時代の水運は物流の要であり、船を指揮する船頭は命と荷物を預かる絶対的な権力者でした。
荒れ狂う川や海で複数の指示が飛び交えば、船は瞬時に難破し大事故につながります。
そのため当時の船では「船頭は一隻につき一人」という命令系統の統一が、絶対に破ってはならない掟として厳格に守られていました。
この言葉は机上の組織論ではなく、大自然の脅威から生き残るために生み出された過酷な現場の教訓です。







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