人間が極限のピンチに追い詰められたとき、普段であれば絶対に信じないような怪しい情報や、物理的に役に立つはずのない小さなものに対して、理性を失って無我夢中でしがみついてしまう悲しい心理を表すのが、
「溺れる者は藁をも掴む」(おぼれるものはわらをもつかむ)です。
意味
「溺れる者は藁をも掴む」とは、生命の危機や破滅的な状況に追い込まれた人は、全く頼りにならないものにまで必死にすがろうとすることのたとえ。
水に溺れてパニックになった人が、目の前を流れてきた一本の「藁(わら)」のような、つかまっても浮くはずのない小さなゴミにさえ無意識に手を伸ばしてしまう情景から、絶望的な状況下で冷静な判断力を失った人間の弱さや必死さを指します。
語源・由来
「溺れる者は藁をも掴む」は、日本古来のことわざや中国の故事成語に由来する言葉ではありません。
西洋のことわざが明治時代以降に日本へ入り、翻訳されて定着した言葉です。
元となったのは英語圏で古くから使われている「A drowning man will catch at a straw.(溺れる男は藁をつかむ)」ということわざです。
溺れる人が何にでもしがみつこうとする比喩は16世紀初頭から英語圏に存在していましたが、「straw(藁)」を含む現在の形は1583年頃の文献(イギリスの聖職者ジョン・プライムの著作)に初出が確認されています。
その後、ヨーロッパ各地の言語にも類似の表現が広まりました。
日本へは明治10年頃に「水に溺れんとするときは蘆の葉にもすがらんとす」という形で最初に訳されましたが、現在の「藁をも掴む」という形が定着したのは明治30年代以降のことです。
使い方・例文
「溺れる者は藁をも掴む」は、深刻なトラブルや病気、経済的な困窮などの絶望的な状況で、冷静さを失って怪しい情報や頼りないものにすがってしまう(すがってしまった)場面で使われます。
- 怪しげな民間療法に溺れる者は藁をも掴む思いで頼る。
- 悪質な詐欺の被害に遭うのは溺れる者は藁をも掴む心理だ。
- 彼は溺れる者は藁をも掴む思いでその理不尽な条件を呑んだ。
使う際の注意点
この言葉の裏には「その行動(すがったもの)は役に立たない」という客観的な事実や冷酷な前提が含まれています。
そのため、必死に助けを求めてきた相手に対して「溺れる者は藁をも掴むですね」と声をかけたり、自分が誰かに助けてもらった際に「溺れる者は藁をも掴む思いであなたに相談しました」と言ったりすると、「あなたは藁(役に立たないもの)だ」と言っているのと同じになり、大変失礼にあたるため注意が必要です。
類義語・関連語
「溺れる者は藁をも掴む」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 藁にもすがる思い(わらにもすがるおもい):
困窮して、どんなに頼りないものにでも助けを求めようとする必死な気持ち。「溺れる者は藁をも掴む」の後半部分から派生した言葉です。 - 苦しい時の神頼み(くるしいときのかみだのみ):
普段は全く信仰心がないのに、困難に直面して困った時だけ、神や仏に祈って助けを求めること。
英語表現
「溺れる者は藁をも掴む」を英語で表現する場合、語源となったことわざそのものが使われます。
A drowning man will catch at a straw
直訳:溺れる男は藁をつかむ
意味:絶望的な状況にいる人は、どんなに頼りないものにでも助けを求める。
- 例文:
He trusted the suspicious rumor because a drowning man will catch at a straw.
彼はその怪しい噂を信じた。溺れる者は藁をも掴むというやつだ。
なぜ頼りないものの象徴が「藁」なのか
ことわざの中で「頼りないもの」「役に立たないもの」の象徴として登場する「藁(わら)」ですが、水に投げ込むとどうなるかご存知でしょうか。
藁(麦わらなど)は茎の中が空洞になっている中空構造であるため、水面に落ちると、少しの間だけですが実際に水に浮きます。
もちろん人間一人の体重を支える浮力など到底ありませんが、「完全に沈んでしまう石」とは違い、水面にプカプカと漂っているのです。
長い歴史の中で、ことわざの表現として「藁」が定着していった背景には、この性質が絶妙に機能しています。
全くのゼロではない、ほんのわずかな浮力(可能性)を見せて水面を流れていくからこそ、溺れる人間は「もしかしたらあれに掴まれば助かるかもしれない」という理不尽な錯覚を起こし、手を伸ばさずにはいられないという、人間の生存本能の悲しい性が背景に見えてきます。








コメント