鬼の居ぬ間に洗濯

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ことわざ 慣用句
鬼の居ぬ間に洗濯
(おにのいぬまにせんたく)

11文字の言葉」から始まる言葉
鬼の居ぬ間に洗濯 【個別】ことわざ・慣用句・四字熟語

普段、自分を厳しく監督している人がいなくなった瞬間、肩の荷が下りて空気が美味しく感じられる。そんな開放的な気分を味わったことはないでしょうか。

厳しい上司が出張に出かけたオフィスや、口うるさい家族が旅行に出かけた後の自宅などで、つかの間の自由を楽しむ様子を「鬼の居ぬ間に洗濯」(おにのいぬまにせんたく)と言います。

意味

「鬼の居ぬ間に洗濯」とは、怖がっている人や気兼ねする人がいない間に、くつろいで息抜きをすることのたとえです。

  • :主人、上司、親、配偶者など、自分にとって怖い存在口うるさい相手
  • 居ぬ間:その人がいない時間。留守の間。
  • 洗濯:衣服を洗うことではなく、「命の洗濯」(リフレッシュ、気晴らし)を意味します。

つまり、監視する人がいなくなった隙に、抑えつけられていた緊張を解き、のびのびと自由な時間を過ごすことを表します。

語源・由来

「鬼の居ぬ間に洗濯」の由来は、言葉の構成要素である「鬼」と「洗濯」の意味合いにあります。

かつて、奉公人や嫁にとって、主人や姑(しゅうとめ)は常に自分たちの働きぶりを厳しく監視する「鬼」のような存在でした。そうした厳しい目があるうちは、一瞬たりとも気が抜けません。

しかし、その「鬼」が外出などでいなくなると、張り詰めていた心が解放されます。
この時に行う「洗濯」とは、家事としての洗濯だけを指すのではなく、「命の洗濯」と呼ばれる「寿命が延びるほどせいせいすること」や「気晴らし」を指しています。

日常の窮屈さから解放され、心の垢(あか)を洗い落としてサッパリする様子が、この言葉として定着しました。「江戸いろはかるた」の読み札(「お」または「を」)としても広く知られています。

使い方・例文

「鬼の居ぬ間に洗濯」は、主に家庭や職場、学校などで、上位の立場にある人や怖い人が不在の時に使われます。

相手への悪意というよりは、「やっと一息つける」「少しサボれる」といった愛嬌のある安堵感悪戯心を含んで使われることが多い言葉です。

例文

  • 部長が出張でいない今日は、まさに「鬼の居ぬ間に洗濯」で、課全体がのんびりとした雰囲気だ。
  • 妻が実家に帰っている週末は、「鬼の居ぬ間に洗濯」とばかりに友人を呼んで朝まで飲み明かした。
  • 「鬼の居ぬ間に洗濯」だと言ってテスト期間中にゲームをしていたら、予定より早く親が帰ってきて叱られた。

文学作品での使用例

江戸時代の滑稽本(こっけいぼん)、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の『東海道中膝栗毛』には、この言葉が登場する有名な一節があります。

「是(これ)ぞ鬼のいぬ間の洗濯、命の洗濯」

厳しい監視から逃れ、思い切り羽を伸ばして遊ぶ様子が、この時代から庶民の共通認識として定着していたことがうかがえます。

誤用・注意点

この言葉を使う際、最も注意すべきなのは「誰を鬼に見立てているか」という点です。

「鬼」という言葉には、怖いだけでなく「非情」「残酷」といったマイナスのイメージが含まれます。
そのため、上司や家族などの本人に向かって直接言うのは失礼にあたります。

あくまで、気心の知れた仲間内での陰口や、冗談として使うのが無難です。
「いない間に掃除(洗濯)をしておく」という意味だと勘違いして、本人に「鬼の居ぬ間に洗濯しておきました!」と報告しないよう注意しましょう。

類義語・関連語

「鬼の居ぬ間に洗濯」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。

  • 羽を伸ばす(はねをのばす):
    干渉するものがなくなり、のびのびと自由に振る舞うこと。
  • 命の洗濯(いのちのせんたく):
    日頃の苦労や束縛から解放され、気晴らしをして寿命が延びるような思いをすること。
    「鬼」がいなくても、単にリフレッシュする場合に使えます。

英語表現

「鬼の居ぬ間に洗濯」を英語で表現する場合、動物を使った決まり文句が一般的です。

When the cat’s away, the mice will play.

  • 意味:「猫がいない間に、ネズミは遊ぶ」
  • 解説:日本の「猫の居ぬ間に鼠」と全く同じ発想の表現です。権力者や監視者がいない間に、下の立場の者が好き勝手に振る舞う様子を表します。
  • 例文:
    The boss is on vacation next week. When the cat’s away, the mice will play.
    (来週ボスは休暇だ。鬼の居ぬ間に洗濯だね。)

豆知識

この言葉の「洗濯」について、「実際に洗濯をすること」と捉える説もあります。

昔の洗濯は、タライと洗濯板を使って冷たい水で洗う大変な重労働でした。
しかし、姑や主人が近くにいてあれこれ指図される状況に比べれば、一人で黙々と行える洗濯の時間は、精神的に「楽」な時間だったのかもしれません。

本来の意味である「命の洗濯」に、こうした「監視のない家事の気楽さ」という生活実感が重なって、深く浸透していった言葉だと言えるでしょう。

まとめ

「鬼の居ぬ間に洗濯」は、監視者がいない解放感と、そこで羽を伸ばす喜びを生き生きと表現した言葉です。

誰しも、緊張を強いられる相手の前では肩が凝るものです。「鬼」がいなくなった瞬間の「ふぅっ」と息をつくあの感覚は、時代を超えて共感を呼ぶ人間らしい心理と言えることでしょう。

ただし、羽を伸ばしすぎて後で痛い目を見ないよう、ほどほどに楽しむのが賢明かもしれません。

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