誰にも避けられない「死」にまつわることわざ・慣用句・四字熟語には、恐れだけでなく、美学や覚悟を表す言葉もあります。
命の尊さ、避けられない無常、死後に残るもの、最期の覚悟の4つに分けて紹介します。
命の尊さと生への執着
命あっての物種(いのちあってのものだね)
どんなに優れた才能や大きな志を持っていても、命がなくなれば何一つ実現できないということ。
生きていること自体がすべての根源であり、最も大切にすべき宝であることを説いている。
死んで花実が咲くものか(しんではなみがさくものか)
死んでしまえば、その後に成功や幸福を味わうことは決してできないということ。
どんなに苦境にあっても、命を捨てずに生き抜くことの中にこそ希望があるという励ましの言葉。
減らぬものなら金百両、死なぬものなら子は一人
(へらぬものならかねひゃくりょう しなぬものならこはひとり)
使ってもなくならない金なら百両あれば十分で、死ぬ心配がないなら子は一人で十分だということ。
必要なものは必要なだけあれば足りるという意味。
死ねば死に損、生くれば生き得(しねばしにぞん いくればいきどく)
死んでしまえばすべてが終わりだが、生きていればいつか良いことに巡り合えるということ。
生きることそのものを利益と捉える表現。
避けることのできない「無常」の理
生者必滅(しょうじゃひつめつ)
この世に生を受けたものは、必ずいつか死を迎えなければならないという道理。
人生の無常をいう仏教の語で、「会者定離」と対にして用いられることが多い。
諸行無常(しょぎょうむじょう)
すべてのものは常に変化し続け、永遠に変わらないものなど存在しないということ。
仏教の根本の教えである三法印の一つで、『平家物語』の冒頭「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」でも知られる。
会者定離(えしゃじょうり)
出会った者には必ず別れが訪れるという運命のこと。
この世が無常であることをいう仏教の語で、遺教経の「世皆常無し、会えば必ず離る有り」などから出た言葉。
幽明境を異にする(ゆうめいさかいをことにする)
生きている者の世界と、死んだ者の世界が分かれてしまうこと。
「幽明」は、あの世とこの世のこと。
鬼籍に入る(きせきにいる)
亡くなることの婉曲的な表現。
「鬼籍」は、死んだ人の名や死亡年月日を書きしるす帳面(過去帳)のことで、そこに名が記されるという意味から。
土に還る(つちにかえる)
死ぬことの比喩。
死後の名声と残されたもの
虎は死して皮を留め、人は死して名を残す
(とらはししてかわをとどめ ひとはししてなをのこす)
虎が死んだ後に美しい皮を残すように、人間も死んだ後にその立派な業績や名前を後世に語り継がれるよう生きるべきだという教え。
死人に口なし(しにんにくちなし)
亡くなった人は自分自身で反論したり真実を語ったりすることができないということ。
真相が闇に葬られることを嘆く際や、死者に罪を着せる卑怯な行為を批判する際に使われる。
死屍に鞭打つ(ししにむちうつ)
亡くなった人の生前の言動を非難すること。
春秋時代の中国で、伍子胥が父と兄の仇である楚の平王の死体を鞭で打ったという、『史記』伍子胥伝の故事から。
草葉の陰(くさばのかげ)
墓の下、あるいは死後の世界のこと。
「草葉の陰で見守る」といった表現で、亡くなった人が今もなお生きている者たちを案じている様子を表す。
冥土の土産(めいどのみやげ)
死後の世界へ持っていく土産話になるような、喜ばしい出来事のこと。
それがあって初めて安心して死ねるような事柄をいう。
最期の覚悟と振る舞い
往生際が悪い(おうじょうぎわがわるい)
追いつめられて諦めるべき場面になっても、非を認めずに未練がましくあがくこと。
「往生際」は、もとは死に際のことで、転じて、あきらめなければならなくなったときの態度をいう。
死に花を咲かせる(しにばなをさかせる)
立派に死んで、死後に誉れを残すこと。
また、死ぬことでかえって誉れが増すこと。
死なばもろとも(しなばもろとも)
死ぬときは一緒だという、運命を共にする強い覚悟を示す言葉。
相手に対して、道連れにしてやるという気持ちでいうこともある。
一蓮托生(いちれんたくしょう)
結果がどうなろうとも、行動や運命を共にすること。
もとは、死後に極楽浄土で同じ蓮華の上に生まれることをいう仏教の語。
起死回生(きしかいせい)
死にかかった状態から息を吹き返させること。
転じて、絶望的な状況を覆し、一気に勢いを盛り返して成功に導くことを指す。
まとめ
「死」をめぐる言葉の数々は、単なる喪失の記録ではなく、私たちがどうあるべきかを映し出す鏡のようなものです。
誰にでも訪れる「生者必滅」の理を認めつつ、「人は死して名を残す」ような生き方を志す言葉があります。
一方で、「命あっての物種」のように、生きていることを何より大切にする言葉もあります。
これらの言葉が持つ重みは、私たちが人生の引き際において「往生際」を美しく保ち、豊かな「冥土の土産」を携えて旅立つための、確かな知恵となってくれることでしょう。









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