意味
「洗耳恭聴(せんじきょうちょう)」とは、耳を洗い清めた状態で、相手の話をうやうやしく聞くという意味です。
へりくだって教えを乞う際や、非常に重要な話を聞く場面で使われます。
- 洗耳(せんじ):耳を洗い清めること。
- 恭(きょう):うやうやしい態度。
- 聴(ちょう):注意深く聞き入れること。
語源・由来
「洗耳」という表現は、中国の伝説上の隠者である許由の逸話に由来します。
徳の高い帝とされる堯が天下を譲ろうとすると、許由は山へ逃れて隠れ住みました。
堯がさらに九州(中国全土)の長に招こうとすると、許由はそんな話は聞きたくないとして、川で耳を洗ったと伝えられています。
この行為は、名誉や権力を退ける潔い姿勢として語られてきました。
許由が耳を洗ったのは聞いた話を拒むためでしたが、「洗耳恭聴」では、これから聞く話のために耳を清めておく意で使われています。
「洗耳恭聴」の四字の形は、元の時代の雑劇『楚昭王疏者下船』(『楚昭公疏者下船』とも)に出てきます。
劇中で、秦の百里奚が楚の昭王に、漢江で難に遭ったいきさつを話してほしいと頼む、次の台詞です。
請大王試說一遍,小官洗耳恭聽。
(大王にはひととおりお話しいただきたく、わたくしは耳を洗って、つつしんでお聞きします。)
使い方・例文
「洗耳恭聴」は、相手を敬う気持ちを込めて、聞く側の態度を言い表すときに使われます。
- 恩師の最終講義とあって、卒業生たちは洗耳恭聴の構えだった。
- 新人研修の会場では、誰もが講師の話を洗耳恭聴した。
- こちらの不手際を詫びたうえで、先方の苦言を洗耳恭聴する。
類義語・関連語
「洗耳恭聴」の類義語には、以下のような言葉が挙げられます。
- 傾耳注目(けいじちゅうもく):
耳を傾け、さらに一点をじっと見つめて注意を集中させること。 - 謹聴(きんちょう):
相手を敬い、慎んだ態度で話を聞くこと。
「洗耳恭聴」と「傾耳注目」の違い
どちらも非常に集中して聞く様子を表しますが、その目的や込められた感情に違いがあります。
「洗耳恭聴」は相手への敬意を含み、教えを請う側の謙虚な姿勢が強調されます。
一方、「傾耳注目」は耳と目を集中させるさまを言うだけで、敬意の意味は含みません。
| 語句 (よみがな) | 重きを置く点 | 相手への敬意 | 使う相手 |
|---|---|---|---|
| 洗耳恭聴 (せんじきょうちょう) | 聞く側の謙虚さ | 非常に高い | 尊敬する師や目上の人 |
| 傾耳注目 (けいじちゅうもく) | 耳と目の集中 | 含まない | 特に選ばない |
対義語
「洗耳恭聴」の対義語には、以下のような言葉が挙げられます。
- 馬耳東風(ばじとうふう):
人の意見や批評を全く気にかけず、聞き流すこと。 - 上の空(うわのそら):
他のことに心が奪われていて、目の前の話に集中していない様子。
英語表現
「洗耳恭聴」を英語で表現する場合、以下のような表現が使われます。
hang on every word
相手の一言一句を聞き漏らすまいと、熱心に耳を傾ける様子を表す表現。
The students hung on every word of the professor’s final lecture.
(学生たちは、教授の最終講義を洗耳恭聴した。)
隠者の耳洗い、友人は「名誉欲」と批判
「洗耳恭聴」の「洗耳」のもとになった伝説上の隠者・許由の逸話は、晋の皇甫謐がまとめた隠者の伝記集『高士伝』に載っています。
この本では、耳を洗ったところで話は終わりません。
許由が潁水のほとりで耳を洗っていると、友人の巣父が子牛に水を飲ませようとやって来ました。
わけを聞いた巣父は、こう言います。
子若處高岸深谷,人道不通,誰能見子。子故浮游欲聞,求其名譽,汚吾犢口。
(あなたが高い崖や深い谷に住み、人の通う道もなければ、誰があなたを見つけられよう。わざわざうろついて名を知られようとし、名誉を求めているのだ。そんな水では、わたしの子牛の口が汚れる)
巣父は子牛を連れて上流へ行き、そこで水を飲ませました。
潔さの手本とされる許由の耳洗いも、もっと徹底した隠者の目には、名を売るふるまいに見えたわけです。











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