相手の言葉を深く丁寧に受け止める態度を「傾聴」と呼びます。
人間関係を築く上で欠かせない「聞く力」については、古くから多くの言葉が残されています。
真剣に話を聞く基本姿勢から、耳の痛い忠告を受け入れる戒めまで、傾聴に関連する言葉を紹介します。
真剣に耳を傾ける基本の言葉
相手の話を漏らさず、身を入れて聞こうとする態度や姿勢です。
- 傾耳注目(けいじちゅうもく):
「耳を傾け、目を注ぐ」という字の通り、相手の話に耳を傾け、じっと目を向けて一心に聞き入る様子を表す四字熟語。 - 洗耳恭聴(せんじきょうちょう):
耳を洗い清めるようにして、相手の言葉を敬い謹んで聞く態度。 - 耳を傾ける(みみをかたむける):
相手の話や意見に注意を向け、熱心に聞こうとすること。 - 耳を澄ます(みみをすます):
「澄ます」は心を静める意で、小さな音や声も聞き漏らさぬよう神経を一点に集中させて聞き入る様子を表す。 - 聞き耳を立てる(ききみみをたてる):
聞こえてくる話し声などを聞き逃すまいと、注意を集中して聞こうとする様子。 - 聞く耳を持つ(きくみみをもつ):
相手の言葉や忠告を頭ごなしに拒まず、素直に受けとめようとする態度。打ち消しの「聞く耳を持たない」の形で使われることが多い。 - 耳を貸す(みみをかす):
「貸す」という語が示す通り、自分の時間や注意を一時的に相手のために差し出す姿勢で、人の話を聞き、相談に乗ってやること。
聞くことの価値と深い理解を示す言葉
話すことよりも聞くことを重んじる教えや、相手の心まで通じ合うような深い関係性を表します。
- 話し上手は聞き上手(はなしじょうずはききじょうず):
話のうまい人は、自分ばかりしゃべらず、人の話をよく聞く人でもあるということ。 - 耳は二つ、口は一つ(みみはふたつくちはひとつ):
古代ギリシャのストア派の祖ゼノンの言葉に由来するとされ、人体の構造になぞらえて、話す倍だけ人の話を聞くべきだと説く教え。 - 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥(きくはいっときのはじきかぬはいっしょうのはじ):
知らないと認めて尋ねる一瞬の気恥ずかしさより、知ったかぶりを続けて一生無知なままでいることの方がよほど恥だと説く戒め。 - 一を聞いて十を知る(いちをきいてじゅうをしる):
孔子の弟子・子貢が、自分より優れた顔回の聡明さを評して使ったという「論語」の一節に由来し、話のほんの一端から全体を悟る賢さを表す。 - 虚心坦懐(きょしんたんかい):
「虚心」は心を空にする、「坦懐」は平らかな心を意味し、わだかまりや先入観を捨て、素直な心で物事や相手に向き合う状態を指す。 - 知音(ちいん):
中国の伯牙が奏でる琴の音を親友の鍾子期だけが理解し、その死後に琴の弦を断ったという故事に由来し、心の内まで分かり合える親友のこと。 - 膝を交える(ひざをまじえる):
同じ席に親しく居合わせて、隔てなく打ち解けて話し合う様子。 - 相槌を打つ(あいづちをうつ):
刀を鍛える鍛冶師と弟子が呼吸を合わせて交互に槌を打つ「相槌」が語源とされ、相手の話に調子を合わせて、うなずいたり短く受け答えしたりすること。
耳の痛い忠告を受け入れる戒め
自分にとって都合の悪い話や、厳しい意見を聞き入れることの難しさと大切さを説く言葉です。
- 忠言耳に逆らう(ちゅうげんみみにさからう):
「良薬は口に苦し」と対で使われる言葉で、秦を破った劉邦に参謀の張良が説いたと伝わり、心のこもった忠告ほど耳に痛いという教え。 - 良薬は口に苦し(りょうやくはくちににがし):
「孔子家語」に見える孔子の言葉が由来とされ、よく効く薬ほど苦いように、身のためになる忠告ほど素直に聞き入れにくいという教訓。 - 耳が痛い(みみがいたい):
実際に耳が痛むわけではなく、他人の言葉が自分の弱点や失敗を的確に突いていて、聞いていて心が痛むほどつらい状況を表す言い回し。 - 下問を恥じず(かもんをはじず):
「論語」の中で、目下の者にも教えを請うた衛の大夫・孔文子の姿勢を孔子が称えたことに由来し、立場の上下を問わず謙虚に学ぶ態度を指す言葉。
聞く耳を持たない態度への批判
傾聴とは正反対の、他者の声を聞き流して受け入れようとしない状態を表す言葉です。
- 馬耳東風(ばじとうふう):
唐の詩人・李白が「東風の馬耳を射るが如し」と詠んだ漢詩に由来し、春風が馬の耳元を吹き抜けても動じないように、意見を聞き流す様子。 - 馬の耳に念仏(うまのみみにねんぶつ):
「馬耳東風」と似るが、馬にありがたい念仏を聞かせても意味が分からないように、価値ある意見も理解できない相手には無駄であることのたとえ。 - 犬に論語(いぬにろんご):
孔子の教えである論語を犬に聞かせても理解できないように、価値の分からない相手にどれほど立派な道理を説いても無意味だという言葉。 - 右の耳から左の耳(みぎのみみからひだりのみみ):
右の耳から入ったことが、すぐに左の耳から抜けていくこと。
上の空で聞いていて、聞いたそばから忘れてしまうさまのたとえ。 - 蛙の面に水(かえるのつらにみず):
蛙の顔に水をかけても表情ひとつ変えないという見た目の様子から生まれた言葉で、何を言われても意に介さず平然としている態度のたとえ。
「傾聴」は古代中国で子どもに戒めた聞き方
「傾聴」は、中国の古い礼法の本『礼記』に出てくる言葉です。
子どもの心得を並べたくだりに「立つときは必ず正面を向き、傾聴しない」とあり、正しく立つことと並ぶ心得として、体を傾けて聞くことが戒められていました。
日本では江戸時代の後期に、頼山陽の『日本外史』(1827年)が「人が武事(いくさや武芸のこと)を語るのを聞くたびに傾聴した」と書き、明治には夏目漱石も『吾輩は猫である』で「皆熱心にそれを傾聴して居った」と使っています。
どちらも今と同じ、熱心に聞くという意味です。
いまカウンセリングや職場の研修で言う「傾聴」は、アメリカの心理学者カール・ロジャーズが唱えた「積極的傾聴(アクティブ・リスニング)」を指して使われます。
相手の立場に立って気持ちを汲みながら聞く、善い悪いや好き嫌いを挟まずに聞く、といった聞き手の心構えをまとめたものです。
古代中国では戒められた聞き方が、いまは目指すべき聞き方を表す言葉になっています。









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