意味
「悪妻は百年の不作(あくさいはひゃくねんのふさく)」とは、悪い妻を持つと、夫の不幸は一生涯続くという意味のことわざです。
一度の結婚の失敗が、長い人生(百年)において取り返しのつかない悪影響を及ぼすという、結婚相手選びの重要性と厳しさを説いています。
単に相手を非難するだけでなく、独身者に対して「目先の条件に惑わされず、慎重に相手を見極めなさい」という強い教訓を含んでいます。
- 悪妻:夫や家庭にとって良くない影響を与える妻。
- 百年:一生涯、あるいは孫の代まで続くほど長い期間の比喩。
- 不作:農作物の出来が悪いこと。転じて、物事がうまくいかない不幸な状態。
語源・由来
「悪妻は百年の不作」の由来は、かつての農業社会における生活の知恵から生まれたと言われています。
昔の農家にとって、その年の農作物が実らない「不作」は、家族の死活問題に関わる大きな不幸でした。
しかし、一年の不作であれば翌年の努力で取り返せるかもしれません。
一方で、家庭の要である「妻」選びを誤ると、家庭内は常に不和となり、まるでものの「百年」も不作が続いているような終わりのない苦労を味わうことになります。
同じ意味で「悪妻は六十年の不作」とも言います。
「六十年」は干支の一回りで、一生、あるいは孫子の代までを表すとされます。
「百年」は、それをさらに強めた言い方です。
使い方・例文
「悪妻は百年の不作」は、主に既婚男性が自身の境遇を嘆く際や、結婚を控えた者への忠告として用いられます。
現代ではジェンダー意識の変化もあり、他人の配偶者を一方的に評価する文脈で使うのは避けたほうが賢明です。
あくまで、親しい間柄での自虐や、結婚という決断の重さを伝える教訓として使われるのが一般的です。
- 家に帰っても不平不満ばかり聞かされ、悪妻は百年の不作だとつくづく感じる。
- 容姿だけで選ばず、悪妻は百年の不作という言葉を思い出して慎重になりなさい。
誤用・注意点
「悪妻は百年の不作」は、結婚相手を農作物の出来にたとえ、うまくいかない原因を妻の側に置くことわざです。
昔の言葉として紹介したり、自分の結婚観を語ったりする分には収まりますが、実在の夫婦について口にすれば、相手の配偶者を「不作」と評したことになります。
相手選びの慎重さという中身だけを伝えたいのであれば、どちらか一方を悪者にしない言い方に置き換えるのが無難です。
類義語・関連語
「悪妻は百年の不作」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 悪妻は六十年の不作(あくさいはろくじゅうねんのふさく):
「百年」を「六十年」とした同じ意味の言い方。
「女房の悪いは六十年の不作」とも言います。
対義語
「悪妻は百年の不作」とは対照的な意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
悪妻は百年の不作の後半は、戦前には妻以外の失敗にも使われた
「悪妻は百年の不作」の後半の「百年の不作」は、妻選びとは関係のない失敗にも使われていました。
大正から昭和の戦前にかけての本には、取り返しのつかない失敗をこの言葉で言い表した例がいくつも出てきます。
大正11年(1922年)刊の家庭教育の本『我が子の躾方叢書』は、小学校に入ったばかりの時期に算術の理解が不十分なままだと「それこそ百年の不作」になると、親に注意を促しています。
昭和12年(1937年)に福岡県社会教育課がまとめた村の立て直しの記録『更生躍進の途上にある全村学校』には、「稻の不作は一年で取り返す」としたうえで「人間の不作は百年の不作である」と、村の道徳が廃れることの重さを説く一節があります。
翌年の『満洲農業移民地視察報告書』でも、移民団の指導者がふさわしい人物でなければ、団員は「百年の不作に會つたやうなもの」だと書かれています。










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