冬の寒い日、冷え切った体に温かいスープを流し込んだ瞬間の、あの感覚。
あるいは、夏の暑い盛りに冷たい飲み物を飲み干した時の、全身が生き返るような爽快感。
そんな時、思わず口をついて出るのが「五臓六腑」(ごぞうろっぷ)という言葉ではないでしょうか。
単にお腹がいっぱいになるのとは違う、体の奥底から満たされるような感覚を表現するのに、これほど適した言葉はありません。
意味・教訓
「五臓六腑」には、大きく分けて二つの意味があります。
- 本来の意味:
東洋医学(漢方)において、人間の内臓全体を指す総称です。 - 転じた意味:
「体内すべて」や「心の奥底」のこと。
内臓全体を指すことから転じて、体の隅々や、考え・感情が宿る一番深い場所(腹の底)を意味するようになりました。
現代の日常会話では、「五臓六腑にしみわたる」のように、2番目の比喩的な意味で使われることがほとんどです。
東洋医学における分類
東洋医学では、内臓をその働きによって「臓」と「腑」の二つに分類しました。
- 五臓(ごぞう):
生命活動の中枢となる、中身の詰まった実質的な臓器。 - 六腑(ろっぷ):
飲食物の消化・吸収・排泄を行う、中が空洞の管状の器官。
この二つのグループを合わせたものが「五臓六腑」であり、人間が生きていくための機能すべてを表しています。
語源・由来
「五臓六腑」という言葉の由来は、古代中国の伝統医学にあります。当時の人々は、人体の仕組みを以下のように分類して理解していました。
五臓(生命の貯蔵庫)
「気(き)」や「血(けつ)」などのエネルギーを蓄える、重要な臓器です。
- 肝(かん):肝臓。精神活動の安定や、血の貯蔵を司る。
- 心(しん):心臓。血液循環と意識・思考を司る中心。
- 脾(ひ):脾臓・膵臓。消化吸収を管理し、エネルギーを作り出す。
- 肺(はい):肺臓。呼吸と水分代謝を司る。
- 腎(じん):腎臓。生命力や成長・発育の源となる。
六腑(消化と排泄の通り道)
飲食物を受け入れ、消化し、不要なものを送り出す器官です。
- 胆(たん):胆嚢。決断力を司るとも言われる。
- 小腸(しょうちょう):栄養の分別を行う。
- 胃(い):飲食物を受け入れる。
- 大腸(だいちょう):排泄物を運ぶ。
- 膀胱(ぼうこう):尿を貯める。
- 三焦(さんしょう):実体のない臓器。
リンパや水分の通り道、あるいは体温調節機能など、全身のエネルギー循環を統括する「機能」の総称とされています。現代医学の特定の臓器には当てはまりません。
使い方・例文
「五臓六腑」は、単なる「お腹」や「体」という言葉では伝えきれない、深くて強い感覚を表現したい時に使われます。
- 飲食物が、体の隅々まで行き渡るような満足感を得たとき。
- 感動や言葉が、心の一番深い部分に響いたとき。
- 激しい怒りや悔しさを、腹の底から感じたとき。
例文
- 冷え切った夜に飲んだ熱いココアは、五臓六腑にしみわたる美味しさだった。
- 先生から頂いた励ましの言葉が、五臓六腑に染み入って涙が出た。
- 山頂で深呼吸をすると、新鮮な空気が五臓六腑を駆け巡るのを感じた。
- 理不尽な対応をされ、五臓六腑が煮えくり返る思いだ。
類義語・関連語
「五臓六腑」と同じく、体の深部や全体を指す言葉には以下のようなものがあります。
- 腹の底(はらのそこ):
お腹の奥深いところ。転じて、本心や決意の宿る場所。「腹の底から笑う」「腹の底を探る」のように使います。 - 五体(ごたい):
頭・首・胸・手・足、または頭と四肢。人間の体全体のこと。「五体満足」「五体に響く」など。 - 体内(たいない):
体の内部。「五臓六腑」よりも客観的で事務的なニュアンスになります。 - 全身全霊(ぜんしんぜんれい):
体力と精神力のすべて。「五臓六腑」が感覚の受け皿であるのに対し、こちらは力を発揮する際によく使われます。
英語表現
「五臓六腑」を英語で表現する場合、医学的な直訳と、感覚的な意訳で使い分けます。
the internal organs
- 意味:「内臓」
- 解説:医学的な意味での「五臓六腑」。感情的なニュアンスは含みません。
to the core
- 意味:「芯まで」「骨の髄まで」
- 解説:「五臓六腑にしみわたる」という感覚を伝えるのに適した表現です。
- 例文:
It chilled me to the core.
(寒さが五臓六腑にしみわたった/底冷えした)
every fiber of one’s being
- 意味:「体の隅々まで」「全身全霊で」
- 解説:直訳すると「存在のすべての繊維」。体と心のすべてという強いニュアンスを持ちます。
「膵臓」はどこへ消えた?
現代医学の知識がある方なら、「五臓」のリストを見て不思議に思ったかもしれません。
「あれ? 膵臓(すいぞう)が入っていない?」
実は、東洋医学が生まれた大昔、膵臓は独立した臓器として認識されていませんでした。しかし、その働きが知られていなかったわけではありません。
五臓の一つである「脾(ひ)」が、現代でいう「脾臓」と「膵臓」の両方の役割(消化吸収の管理)を担っていると考えられていたのです。
「五臓六腑」という言葉は、古代の人々が体を観察し、生命の神秘を解き明かそうとした知恵の結晶と言えるでしょう。
まとめ
「五臓六腑」とは、本来は東洋医学における内臓全体の総称であり、転じて「体の隅々」や「心の奥底」を表す言葉です。
- 五臓:生命を貯蔵する実質臓器(肝・心・脾・肺・腎)。
- 六腑:消化排泄を行う管状器官(胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦)。
現代では、「五臓六腑にしみわたる」という表現で、美味しい食事や深い感動を味わった時の「生きている実感」を伝える言葉として定着しています。
この言葉を使うとき、私たちは無意識のうちに、自分の体や心を「奥深いひとつの宇宙」として感じ取っているのかもしれません。




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