運動会でわが子の姿を追いかけ、周りが見えなくなるほど夢中でビデオを撮り続ける。
そんな親の姿を表すのが、「親馬鹿」(おやばか)です。
意味
「親馬鹿」とは、我が子が可愛すぎて、客観的な判断ができなくなっている親という意味です。
他人から見れば度が過ぎているとわかる溺愛ぶりを、微笑ましさを込めて表す言葉で、自分自身の振る舞いを自嘲的に語る際にもよく使われます。
語源・由来
「親馬鹿」は、「馬鹿」を強調の言葉として用いた、数ある「〜馬鹿」の中でも特に古くから親しまれてきた表現です。
我が子を思う親の情愛は、時に他人からすれば理解しがたいほど強く、時には過剰にも見えます。
この、傍から見れば少々ばかげているとも取れる溺愛ぶりを、非難としてではなく、親としての自然な情愛の表れとして温かく受け止める言葉として、「親馬鹿」という表現が定着していきました。
使い方・例文
「親馬鹿」は、我が子への深い愛情から、度を越して溺愛する親の様子を表す場面で使われます。
- 親馬鹿と言われても、娘の写真は何百枚も撮ってしまう。
- 息子の作文を自慢する父の姿は、まさに親馬鹿だった。
- 「うちの子が一番だ」と言う親馬鹿ぶりに、周囲は苦笑した。
類義語・関連語
「親馬鹿」と同様に、我が子への深い愛情を表す言葉には、以下のようなものがあります。
- 目に入れても痛くない(めにいれてもいたくない):
それほどまでに、我が子や孫が可愛くてたまらないこと。 - 馬鹿な子ほど可愛い(ばかなこほどかわいい):
できの悪い子ほど、親は心配して愛情をかけるということ。
英語表現
a doting parent
子どもを溺愛する親、という意味の表現。
He is such a doting parent.
(彼はすっかり親馬鹿だ。)
脳科学が裏付ける「親馬鹿」の正体
脳科学の研究では、親が我が子の顔を見たときに、快楽や幸福感に関わる脳の報酬系が強く活性化することが知られています。
これは他人の子どもの顔を見たときには見られにくい反応で、我が子への評価が客観的な判断を離れ、特別に高く感じられてしまうことには、こうした脳の仕組みが関係していると考えられています。
「親馬鹿」という一見おどけた言葉の背後には、子孫を守り育てようとする、生物としての根源的な本能が働いています。
他人から見れば微笑ましい勘違いであっても、それは我が子を守り抜こうとする、進化の過程で培われた愛情の仕組みそのものだといえます。









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