意味
「目に入れても痛くない」とは、子や孫がかわいくてかわいくてたまらず、溺愛するさまを表すたとえです。目の中に物を入れれば痛いという当たり前のことを持ち出した言い方で、親や祖父母が、わが子や孫の話をするときに使われます。
語源・由来
「目に入れても痛くない」は、特定の書物から生まれた言葉ではなく、目に物が入れば痛いという誰もが知る感覚を裏返した言い方です。
目は体の中でもとりわけ傷つきやすいところで、そこに入れても痛くないと言うことで、かわいがる度合いの大きさを表しています。
「目の中に入れても痛くない」という形でも使われます。
使い方・例文
「目に入れても痛くない」は、子や孫をかわいく思う気持ちを人に伝える場面で使われます。
- 孫の写真を配って歩く父は、目に入れても痛くないという顔だ。
- うちの娘は目に入れても痛くないが、しつけだけは厳しくした。
- 初孫が生まれてから、母はまさに目に入れても痛くない様子だ。
小説での使用例
『桑の実』(鈴木三重吉)
1913年に書かれたこの作品に、次の一節が出てきます。
鈴木三重吉は夏目漱石の門下の小説家で、のちに児童雑誌「赤い鳥」を創刊した人物です。
このお子なら目に入れても痛くないんですけど
類義語・関連語
「目に入れても痛くない」と同じように、子や孫を心からかわいがるようすを表す言葉には以下のようなものがあります。
- 蝶よ花よ(ちょうよはなよ):
親が子どもを、蝶や花を扱うように大切にかわいがるようす。 - 親馬鹿(おやばか):
わが子がかわいすぎて、まわりが見えなくなっている親。 - 這えば立て、立てば歩めの親心(はえばたてたてばあゆめのおやごころ):
子の成長を願う親の望みには限りがないということ。
「目に入れても痛くない」と「蝶よ花よ」の違い
どちらも子どもをこの上なくかわいがるようすを表すため、入れ替えて使えそうに見えます。
「目に入れても痛くない」はかわいく思う気持ちの深さを言い、「蝶よ花よ」は大切に扱う育て方を言います。
| 語句 | 目を向ける所 | 主に言う相手 |
|---|---|---|
| 目に入れても痛くない (めにいれてもいたくない) | かわいいと思う気持ち | わが子や孫 |
| 蝶よ花よ (ちょうよはなよ) | 大切に扱う育て方 | 子ども |
英語表現
the apple of one’s eye
直訳は「目の中のりんご」で、目に入れても痛くないほど大切に思う相手を指す表現。
He has five kids, but his only daughter is clearly the apple of his eye.
(彼には子どもが五人いますが、たった一人の娘が目に入れても痛くない存在です。)
dote on
度を越すほどの愛情と関心を注ぐことを言い、孫をかわいがる祖父母の姿にもよく使われる言い方。
My grandparents dote on their first grandchild.
(祖父母は初孫を目に入れても痛くないほどかわいがっています。)
「痛くない」の前にあった「えずくない」
「目に入れても痛くない」には、古く「目に入れてもえずくない」という形がありました。
「えずい」は中世から近世にかけて使われた形容詞で、「不快である」「怖い」「ひどい」という意味です。
打ち消した「えずくない」は、いやな感じがしない、という言い方になります。
江戸時代の滑稽本『東海道中膝栗毛』には、ひどい目に遭わせてやるという意味で「えずい目にあはせてくれべい」という言い方が出てきます。
いまは「痛くない」のほうが使われます。









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