業を煮やす

『業を煮やす』の文字サムネイル 個別解説
スポンサーリンク

何度言っても状況が変わらず、じりじりとした苛立ちが募っていく。
そんな、思い通りにならない物事への怒りを指すのが、「業を煮やす」(ごうをにやす)です。

意味

「業を煮やす」とは、物事が思うように進まず、いらだって腹を立てることという意味です。単なる一時の怒りではなく、待たされたり空回りしたりする中でじわじわと膨らむ苛立ちを表します。

  • (ごう):仏教語で、心の働きやおこない。
  • 煮やす(にやす):煮えたぎらせる、感情を高ぶらせる。

語源・由来

「業を煮やす」は、仏教語の「業」に由来する言葉です。
仏教では、人の心の働きやおこないそのものを「業」と呼び、その積み重ねが自分自身に返ってくると考えられてきました。
「煮やす」は、鍋の中身を火にかけてぐつぐつと煮えたぎらせることを指す言葉です。
思うようにいかない状況にじっと耐えているうちに、心の中の「業」が鍋の中身のように熱くなり、ついに煮えたぎってしまう。
そうした情景から、抑えきれないいらだちを「業を煮やす」と表すようになったと考えられています。

使い方・例文

「業を煮やす」は、相手の対応や物事の進み具合に耐えられなくなった場面で使われます。

  • 何度催促しても返事がなく、業を煮やして直接会いに行った。
  • 遅々として進まぬ交渉に、業を煮やした責任者が席を立った。
  • 業を煮やした監督は、途中で選手交代を告げた。

類義語・関連語

「業を煮やす」と同様に、募る苛立ちを表す言葉には以下のようなものがあります。

  • 痺れを切らす(しびれをきらす):待ちきれず我慢の限界に達すること。
  • 堪忍袋の緒が切れる(かんにんぶくろのおがきれる):我慢の限界を超えて怒りが爆発すること。

「業を煮やす」と「痺れを切らす」の違い

どちらも待たされて我慢できなくなる様子を表しますが、感情の中心が異なります。「業を煮やす」は怒りやいらだちに重心があるのに対し、「痺れを切らす」は待ちくたびれた焦りに重心があります。

語句感情の中心使われる場面
業を煮やす
(ごうをにやす)
怒り・いらだち対応の遅さに腹を立てる場面
痺れを切らす
(しびれをきらす)
焦り・待ちくたびれ結果を待ちきれない場面

仏教語がにじむ怒りの言葉

「業」は本来、行いの結果が巡り巡って自分に返ってくるという、仏教の因果応報の考え方を表す言葉でした。
日本語には、この「業」を使った表現が他にも残っています。
たとえば、悪い報いを受けやすい巡り合わせを指して「因果な話」と言うのも、同じ発想から生まれた言い回しです。
怒りやいらだちを表す慣用句に仏教語由来のものが交じっているのは、感情の高ぶりを、目に見えない心の働きである「業」の動きとして捉える見方が、古くから日本語に根づいていたためです。

スポンサーリンク

コメント