意味
百も承知とは、わざわざ指摘されるまでもなく、最初から十分すぎるほど分かっていることを意味します。
相手からの忠告や指摘に対し、すでに理解済みであることを強調する言葉です。
- 百(ひゃく):数の多さを表し、転じて十分にという意味。
- 承知(しょうち):事情や内容を知って理解していること。
語源・由来
「百」は具体的な百という数ではなく、数の多さを強調する語として使われており、「百も承知」で「十分すぎるほど分かっている」という意味になります。
もとは「百も承知、二百も合点」という言い回しを略した形とされ、「合点」は「承知」と同様、理解して納得することを意味します。
「二百」の部分には特別な語源はなく、「百」との語呂のよさから添えられ、意味を強調する役割を果たしていると考えられています。
語源そのものは明確ではありませんが、古典落語にすでにこの言い回しが登場しており、少なくとも江戸時代には一般に使われていたとみられます。
使い方・例文
「百も承知」は、指摘や忠告に対しすでに理解していることを伝える際に使われます。
- リスクがあることは百も承知で、この挑戦を選んだ。
- 反対されることは百も承知の上で、計画を進めた。
- 難しい道だと百も承知しているが、諦めるつもりはない。
類義語・関連語
- 先刻承知(せんこくしょうち):
以前からすでによく分かっていること。
英語表現
I’m well aware of that
言われなくても、そのことはすでに十分分かっているという意味の表現。
I’m well aware of that, but I’ve decided to take the risk anyway.
(そんなことは百も承知だが、それでもこの挑戦をすることに決めた。)
落語ではなく、銭湯を舞台にした滑稽本が初出
「百も承知」という言い回しは、式亭三馬が著した滑稽本『浮世風呂』(1809〜1813年刊)にすでに見られる。
第三編には「器はいづれ新しいから、奇麗な事は百も承知で居て」という用例が記録されている。
『浮世風呂』は江戸庶民の社交場だった銭湯を舞台に、そこに集う人々の会話を活写した作品で、当時流行していた落語の話芸から影響を受けて書かれたとされる。
ただし作品自体は書物であり、落語の高座で生まれた言葉と断定できる記録は残っていない。
続けて調子を強めた「百も承知、二百も合点」という形も江戸時代から使われてきたが、なぜ「二百」なのかについては、語呂の良さ以外に定説となる由来は残っていない。










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