かつては日常的に耳にした言葉でも、時代の変化とともに「使うべきではない」とされる表現が増えています。
言葉は時代を映す鏡です。たとえ先人の知恵が詰まったことわざや慣用句であっても、現代の感覚に照らせば、誰かを傷つけたり差別を助長したりするものが少なくありません。
特に、身体的な特徴にまつわる表現や、特定の属性をネガティブな比喩として用いる言葉は、ビジネスや公の場では厳に慎むべきマナーとなっています。
言葉狩りを恐れるのではなく、なぜその表現が不適切なのかという背景を知り、誰もが心地よく過ごせる「言い換え表現」を身につける。それこそが、現代における真の語彙力と言えるでしょう。
なぜ伝統的な表現にも注意が必要なのか
長年使われてきた言葉に「待った」がかかる背景には、主に以下の3つの理由があります。
- 人権意識の高まり:
障がい、性別、職業、出自などによる差別をなくそうという意識が社会全体で共有されるようになりました。 - 言葉の暴力性への理解:
何気ない一言が、特定の属性を持つ人々を傷つけ、偏見(ステレオタイプ)を固定化させる力が認識されています。 - 放送・出版コードの変化:
テレビや新聞などのメディアでは、差別的表現を含む言葉(放送禁止用語など)の使用を自主規制しており、それが一般的なビジネスマナーにも影響しています。
ここからは、具体的な表現をカテゴリー別に見ていきましょう。
身体・障がいに関する表現(要注意度:高)
身体的な特徴や障がいを表す言葉を、ネガティブな意味(劣っている、不完全である)の比喩として使うことは、現代では最も避けるべき表現とされています。
めくら蛇に怖じず(めくらへびにおじず)
- 意味:
目の見えない蛇は、相手が何者か見えないため恐れない。
転じて、物事の道理や怖さを知らない者は、向こう見ずなことを平気でするというたとえ。 - 注意が必要な理由:
視覚障がい者に対する差別語「めくら」を含んでいるため。
無知であることを視覚障がいに例える構造自体が不適切とされます。 - 言い換え表現:
- 「怖いもの知らず」
- 「無知な者は強い」
- 「蛮勇を振るう」
めくら判(めくらばん)
- 意味:
書類の内容をよく確かめず、やたらに判を押すこと。 - 注意が必要な理由:
ビジネスシーンで自虐的、あるいは批判的に使われがちですが、「めくら」という差別語を含むため、コンプライアンス上NGです。
同様に「めくら滅法(めくらめっぽう)」(やみくもに行うこと)も使用を避けます。 - 言い換え表現:
- 「書類を鵜呑みにして承認する」
- 「確認せずに押印する」
- 「やみくもに/手当たり次第に」(めくら滅法の言い換え)
片手落ち(かたておち)
- 意味:
配慮が不十分で、公平さを欠いていること。片方の当事者だけに便宜を図ること。 - 注意が必要な理由:
「片手」という身体的欠損の状態を、「不完全」「不備」という意味で使っているため。
放送禁止用語の扱いを受けることが多い言葉です。
また、身体の一部が欠損していることを指す「かたわ(片端)」という言葉自体も、非常に強い差別的ニュアンスを含むため、比喩であっても絶対に使用してはいけません。 - 言い換え表現:
- 「不公平」
- 「配慮に欠ける」
- 「画竜点睛を欠く」(詰めが甘いという意味で)
- 「手落ち」(※ただし「手落ち」も同様の理由で避ける傾向があるため、「不備」「偏り」が無難)
つんぼ桟敷(つんぼさじき)
- 意味:
蚊帳の外に置かれること。事情を知らされないままにしておかれること。 - 注意が必要な理由:
聴覚障がい者に対する差別語「つんぼ」を含んでいます。
かつて劇場で、舞台がよく聞こえない粗末な客席をこう呼んだことに由来しますが、現代では使用しません。 - 言い換え表現:
- 「蚊帳(かや)の外」
- 「置き去り」
- 「疎外される」
気違い沙汰(きちがいざた)
- 意味:
常識では考えられない、異常な行いや状態。 - 注意が必要な理由:
「気違い」は精神障がいを持つ人々への差別語であり、侮蔑的なニュアンスが強いため、公の場での使用は厳禁とされています。
「気違い水(きちがいみず)」(お酒の別称)なども同様です。 - 言い換え表現:
- 「常識外れ」
- 「狂気の沙汰」(※「狂気」も文脈によるが、比喩としては許容されやすい)
- 「正気とは思えない」
びっこを引く
- 意味:
足が不自由で、歩くときに身体のバランスが崩れる様子。または、左右で釣り合いが取れていない状態。 - 注意が必要な理由:
「びっこ」は身体障がいを表す差別語です。物の形状が不揃いなことを指して「びっこになっている」と言うのも避けるべきです。 - 言い換え表現:
- 「足を引きずる」
- 「不揃いである/ちぐはぐである」(物の形状の場合)
ジェンダー・性別に関する表現
「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」という固定観念や、女性を低く見るような表現は、ジェンダー平等の観点から見直されています。
女の浅知恵(おんなのあさぢえ)
- 意味:
女性の考えることは浅はかで、深みがないということ。 - 注意が必要な理由:
女性の知的能力を一律に低く評価する、明白な女性蔑視(ミソジニー)表現です。
「女の知恵は鼻の先」とも言います。 - 言い換え表現:
- (そもそも性別と知恵を結びつけること自体が不適切であるため、単に)
「浅はかな考え」「短絡的な思考」
- (そもそも性別と知恵を結びつけること自体が不適切であるため、単に)
行き遅れ(いきおくれ)
- 意味:
適齢期を過ぎても結婚していない女性のこと。 - 注意が必要な理由:
「結婚することこそが女性の幸せ・ゴールである」という古い価値観の押し付けであり、年齢差別と性差別を含んだセクシャルハラスメントにあたります。 - 言い換え表現:
- 「独身」
- 「シングル」
- 「未婚」
男の目には糸を引け女の目には鈴を張れ(おとこのめにはいとをひけおんなのめにはすずをはれ)
- 意味:
男性の目は細く切れ長で鋭いのが良く、女性の目は鈴のように丸くぱっちりしているのが良い、という昔の美意識。 - 注意が必要な理由:
男女それぞれの外見(ルッキズム)に対して画一的な理想像を押し付ける表現です。
「男は度胸、女は愛嬌」と同様、性別役割分担を固定化する言葉として注意が必要です。 - 言い換え表現:
- (個人の個性を尊重する表現へ)
「凛々しい目元」「愛らしい瞳」
- (個人の個性を尊重する表現へ)
男尊女卑(だんそんじょひ)
- 意味:
男性を重んじ、女性を軽んじること。 - 注意が必要な理由:
この言葉自体が「使ってはいけない言葉」というよりは、この四字熟語が指す「概念そのもの」が現代社会では否定されているという意味で注意が必要です。
肯定的な文脈で使うことはありません。 - 関連語:
- 「ジェンダー不平等」
- 「性差別」
身分・職業・属性に関する表現
かつての身分制度や特定の職業、国籍に対する偏見に基づく言葉も、現代では不適切とされます。
士族の商法(しぞくのしょうほう)
- 意味:
商売に慣れていない人が事業に手を出して失敗すること。「武家の商法」とも。 - 注意が必要な理由:
明治維新後、生活に困った士族(旧武士)が商売をして失敗した史実に由来しますが、特定の出自や階級を「商才がない」とあざ笑うニュアンスが含まれる場合があります。 - 言い換え表現:
- 「素人商売」
- 「殿様商売」(※これも身分由来だが、比喩として「商売気がない」意味で定着している)
下衆の勘繰り(げすのかんぐり)
- 意味:
心の卑しい人は、他人の行動も悪い意味に推測するということ。 - 注意が必要な理由:
「下衆(げす)」は本来、身分の低い人を指す差別的な言葉です。
現代では「品性の卑しい人」という意味で使われますが、強い侮蔑を含むため、使用には注意が必要です。 - 言い換え表現:
- 「邪推(じゃすい)」
- 「うがった見方」
唐人の寝言(とうじんのねごと)
- 意味:
何を言っているのか訳が分からない言葉や話。 - 注意が必要な理由:
「唐人(外国人、特に中国人)」の言葉は理解できない=寝言と同じだ、と見下す外国人差別(ゼノフォビア)のニュアンスを含みます。 - 言い換え表現:
- 「ちんぷんかんぷん」
- 「訳のわからない話」
- 「支離滅裂」
姨捨山(おばすてやま)
- 意味:
邪魔になった老人を山に捨てたという伝説。転じて、厄介払いされた人々が集まる場所。 - 注意が必要な理由:
高齢者虐待や年齢差別(エイジズム)を想起させる、非常に強いネガティブワードです。
現代の高齢化社会においては、比喩であっても使用は避けるべきでしょう。 - 言い換え表現:
- (状況に応じて)
「左遷」「厄介払い」「孤立無援」
- (状況に応じて)
【補足】その他、日常で気をつけたい表現
ことわざ以外でも、日常会話でうっかり使いがちな「NGワード・要注意ワード」があります。
- 「百姓読み」:
漢字を偏(へん)や旁(つくり)から適当に読むこと。
「百姓=無知」という差別意識に基づくため、「自己流の読み方」「慣用読み」と言い換えます。 - 「土方(どかた)」:
建設作業員に対する蔑称です。「土木作業員」「建設業者」と呼びます。
「土方殺すにゃ刃物はいらぬ(雨が降れば仕事がなくて困る)」という言葉もありますが、使用してはいけません。 - 「唖(おし)」:
言葉が話せない人を指す差別語。「押し黙る」の語源とも言われますが、人物を指して「おし」と言うのは厳禁です。
「聴覚・言語障がい者」と表現します。 - 「子供」の表記について:
「供」の字が「お供(とも)」や「供え物」を連想させ、大人の付属物のような印象を与えるとして、「子ども」と表記するケースが増えています。
※ただし、文部科学省などの公文書では「子供」で統一されており、差別語認定されているわけではありません。相手や媒体の方針に合わせて使い分けるのがマナーです。
言葉とどう向き合うか?
ここまで紹介した言葉は、あくまで「公の場や、多様な人が目にする場では避けたほうが賢明」なものです。
古典文学や歴史ドラマの中で、当時の時代背景を表現するために使われることまで否定されるわけではありません。
大切なのは、言葉狩りをすることではなく、「その言葉がなぜ人を傷つける可能性があるのか」という背景を知っておくことです。
- 相手を想像する:
その言葉を聞いて不快に思う人がいないか? - 文脈を考える:
親しい間柄のジョークなのか、公的な発言なのか? - より良い言葉を選ぶ:
誰かを下に見たり、特定の属性を攻撃したりしない「言い換え表現」を知っておく。
言葉は、使い手の人格を表します。豊かな語彙力とは、難しい言葉をたくさん知っていることではなく、「相手や場面に合わせて、最も適切な言葉を選び取れる力」のことではないでしょうか。
まとめ
言葉は生き物であり、社会の成熟とともに「正しさ」の基準もアップデートされていきます。
特に「めくら」「かたわ」などの身体性に関わる表現は、かつては比喩として一般的でしたが、現代では人の尊厳を傷つける言葉として明確に区別されています。
「昔は普通に使っていたから」と思考停止せず、今の時代に合った表現へとアップデートしていく柔軟さを持ちたいものです。誰もが尊重される言葉選びを心がけることは、まわりまわって自分自身の品格を守ることにもつながるでしょう。









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