意味
「以て瞑すべし(もってめいすべし)」とは、ここまでできればもう死んでもよい、それで満足すべきだという意味です。
「瞑す」は、目を閉じるという意味と、安らかに死ぬという意味を合わせ持つ言葉です。
- 以て(もって):それによって。
- 瞑す(めいす):安らかに死ぬ。
語源・由来
「以て瞑すべし」は、漢語の動詞「瞑す」に「以て」と「べし」を添えた言い回しです。
「以て」は「もちて」が変化した語で、漢文の「以」を訓読するところから生まれました。
樋口一葉の『うつせみ』(1895年)には、安らかに死ぬ意味で「彼れは快よく瞑する事が出来る」という一節が登場します。
末尾の「べし」は「〜するのが当然だ」という意味の古い助動詞で、その文語の形がそのまま残っています。
使い方・例文
「以て瞑すべし」は、十分な結果が出たのだからそれで満足すべきだ、と自分や相手に言い聞かせる場面で使われます。
文の中では、「以て瞑すべきであろう」のように活用した形でも使われます。
- 全国大会で三位に入ったのだから以て瞑すべしだろう。
- 五十年も店を続けられた。父も以て瞑すべしである。
- 準優勝なら以て瞑すべしだと監督は選手に言った。
類義語・関連語
「以て瞑すべし」と同じように、望みが果たされて満足だという気持ちを表す言葉には以下のようなものがあります。
- 本望(ほんもう):
望みを達して、これで満足だという気持ち。 - 冥利に尽きる(みょうりにつきる):
その立場にいる者として、これ以上の幸せはないと感じること。 - 思い残すことはない(おもいのこすことはない):
心にかかる未練がひとつもないこと。
「以て瞑すべし」と「本望」の違い
どちらも望みが果たされて満足だという気持ちを表しますが、言葉のかたちが違います。
「以て瞑すべし」は満足するのが当然だと促す言い回しで、「本望」は満足している状態そのものを指す名詞です。
| 語句 | かたち | 表すもの |
|---|---|---|
| 以て瞑すべし (もってめいすべし) | 文語の言い回し | 満足すべきだという判断 |
| 本望 (ほんもう) | 名詞 | 望みを達した満足 |
対義語
「以て瞑すべし」とは反対に、心残りがあって満足できない気持ちを表す言葉があります。
- 死んでも死にきれない(しんでもしにきれない):
あまりに残念で、このままでは死ぬことができないこと。
独歩『鎌倉夫人』は「以て冥すべき」と書いた
国木田独歩の小説『鎌倉夫人』(1902年)は、柏田という男が小説家の「君」に宛てた手紙の形で、別れた妻の愛子が鎌倉で別の男と暮らす様子を伝えます。
手紙は、愛子を毒婦と呼ぶべきかと問いかけたうえで、「僕は君等の所謂る本能満足主義の勇者だと思ふ。以て冥すべきであらう」と結ばれます。
愛子は君たちの言う、本能のままに生きる主義の旗頭だと思う、それで満足すべきだろう、という意味です。
この一文では、「瞑す」ではなく「冥す」の字が使われています。
「瞑」は目をつぶる意味の字で、「瞑目」と同じく、目を閉じて安らかに死ぬことを表します。
「冥」は「冥土」のように暗い所やあの世を表す字で、辞書が見出しに立てるのは「瞑する」のほうです。
今「以て瞑すべし」と書くときは、目を閉じる意味の「瞑」を使います。









コメント