意味
「盗人を捕らえて見れば我が子なり」は、思いがけない事実が発覚し、どう対処すればよいか分からず途方に暮れる状況を表します。
とりわけ、相手が自分の身内だったときに、情と筋道の板挟みになる場面で使われます。
また、身近な相手であっても油断はできない、という戒めを含むこともあります。
語源・由来
この言葉のもとになったのは、室町時代の終わりごろに編まれた句集『新撰犬筑波集』に載る一句です。
先に「切りたくもあり切りたくもなし」という七・七の句があり、そこへ五・七・五の句を添えて一組にする形式のもとで、「ぬす人をとらへてみればわが子なり」と詠まれました。
切りたい気持ちと切りたくない気持ちが入り混じる前の句に、捕らえた盗人が自分の子だったという場面を重ねたもので、この句集を編んだ連歌師の山崎宗鑑が自ら付けた句だという逸話も伝わっています。
『新撰犬筑波集』は、日本で最も早い時期に作られた俳諧の句集のひとつです。
連歌が重んじた上品な言葉づかいからわざと外れ、滑稽や言葉遊びを狙った句ばかりを集めており、江戸時代の俳諧や川柳につながる笑いの出発点とされています。
書名は格式ある連歌の句集『新撰菟玖波集』をもじったもので、「犬」には正統な連歌より格下だという意味合いが込められています。
使い方・例文
この言い回しは、気まずい事実が身内から発覚して対処に困る場面や、身近な相手だからと油断することを戒める場面で使われます。
- 部下の使い込みを問い詰めたら実の甥だった。盗人を捕らえて見れば我が子なりとはこのことだ。
- 財布から金を抜いていたのは実の母だった。盗人を捕らえて見れば我が子なりの心境だ。
- 帳簿を身内任せにするのは考えものだ。盗人を捕らえて見れば我が子なりというからね。
英語表現
caught between a rock and a hard place
進むも退くもできない、板挟みの状態を表す表現。
良心と情のどちらを取るか決めかねる場面で使う言い回し。
Turning in your own son leaves you caught between a rock and a hard place.
(実の息子を突き出すとなれば、まさに板挟みだ。)
盗んだのが我が子なら、刑は免除される
日本の刑法244条は、配偶者や直系の血族、同居する親族との間で窃盗が行われた場合、その刑を免除すると定めています。
罪そのものが消えるわけではなく、犯罪は成立したうえで刑罰だけを科さないという扱いで、家庭内の争いは国家が罰するより家族の自律に委ねる方がよい、という考え方に基づきます。
「法は家庭に入らず」という古い法の格言を背景とする規定で、1907年(明治40年)に現在の刑法が作られたときから置かれています。
同居していない兄弟姉妹などが相手の場合は刑の免除までは認められず、被害者が告訴しなければ起訴できない扱いになります。









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