やっとの思いで一つのトラブルを解決したのも束の間、息つく暇もなく次の脅威が襲いかかってくる。
そんな、逃げ場のない絶望的な状況に立たされることがあります。
一つを退けてもまた一つ、さらに大きな災難が待ち構えているような四面楚歌の心理。
まさに「前門の虎、後門の狼」(ぜんもんのとら、こうもんのおおかみ)というわけです。
意味・教訓
「前門の虎、後門の狼」とは、一つの災難を逃れても、すぐに別の災難が襲ってきて、絶体絶命の窮地に立たされることを意味します。
前の門で恐ろしい虎を防いでいる間に、後ろの門から今度は獰猛な狼が入り込んでくるという、逃げ場のない危機的状況を比喩的に表現した言葉です。
単に運が悪いだけでなく、命に関わるような重大な局面や、どちらを向いても救いがないほど切迫した状態を指して使われます。
語源・由来
「前門の虎、後門の狼」の語源は、中国・明の時代の文人である趙廩(ちょうりん)が著した『庚巳集(こういしゅう)』という書物にある一節とされています。
この書物の中に「前門に虎を拒(ふせ)ぎ、後門に狼を進む」という表現が登場します。
もともとは、一難を去ってもすぐに次の難が来るという軍事や政治の厳しい情勢を説いたものでした。
虎も狼も人間を襲う恐ろしい猛獣の象徴であり、その両方に挟まれることは、当時の人々にとって死を覚悟するほどの恐怖であったことがうかがえます。
この表現が日本に伝わり、江戸時代の文学や日常の教訓として広まりました。
現在でも、物語のような劇的な逆境を説明する際に欠かせない表現として定着しています。
使い方・例文
「前門の虎、後門の狼」は、単なる日常の不運ではなく、人生を左右するような重大な問題が連続して発生する場面で使われます。
家庭、学校、仕事など、深刻な板挟み状態や連鎖的なトラブルを描写するのに適しています。
例文
- 借金完済の直後に重い病が見つかり、まさに「前門の虎、後門の狼」だ。
- 受験当日の高熱に大雪が重なり、「前門の虎、後門の狼」の事態となった。
- 主要取引先を失った矢先の増税で、経営は「前門の虎、後門の狼」の窮地にある。
- レギュラー落ちの直後に怪我をするなんて、前門の虎、後門の狼だと彼は嘆いた。
文学作品での使用例
『三四郎』(夏目漱石)
主人公の小川三四郎が、都会の複雑な人間関係や学問の壁に翻弄され、精神的に追い詰められた状況を表現する文脈でこの言葉が登場します。
三四郎は前門の虎、後門の狼のような心持で、ただぼんやりとしていた。
誤用・注意点
この言葉は、非常に「重み」のある表現です。
そのため、あまりに些細な出来事に使うと、大げさな印象を与えてしまう可能性があります。
- 程度の問題:
「スマホの充電が切れた後に雨が降ってきた」程度の日常的な不運には、この言葉は向きません。
そのような場合は「泣きっ面に蜂」などのほうが自然です。 - 「後門」の読み方:
「こうもん」と読みますが、音だけで捉えると別の意味に聞こえる場合があるため、文章で使うのが一般的であり、会話では文脈に配慮が必要です。
類義語・関連語
「前門の虎、後門の狼」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 一難去ってまた一難:
一つの災難が過ぎたと思ったら、すぐにまた別の災難が来ること。 - 泣きっ面に蜂:
不運なことが起きているときに、さらに別の不運が重なること。 - 進退維谷(しんたいいたに):
前にも後ろにも進めず、どうにもならない状況に陥ること。 - 八方塞がり:
どの方向を向いても状況を打破する手段がなく、行き詰まっていること。 - 四面楚歌:
周りがすべて敵であり、助けてくれる者が誰もいない孤立無援の状態。 - 内憂外患:
組織の内側にも外側にも、解決すべき問題や心配事が山積みであること。
対義語
「前門の虎、後門の狼」とは対照的な意味を持つ言葉は、以下の通りです。
- 順風満帆:
追い風を受けて船が進むように、物事がすべて思い通りに順調に進むこと。 - 平穏無事(へいおんぶじ):
何事もなく、穏やかで変わったことがない様子。 - 安泰(あんたい):
危ないところがなく、落ち着いていて安心できる状態。 - 一陽来復:
苦しい時期が終わり、ようやく良い運向きが巡ってくること。
英語表現
「前門の虎、後門の狼」を英語で表現する場合、以下のような定型句が使われます。
Out of the frying pan and into the fire
- 意味:「一難去ってまた一難」
- 解説:熱いフライパンから逃げ出したと思ったら、そのまま火の中に落ちてしまうという、状況がさらに悪化することを表す有名な表現です。
- 例文:
I quit my stressful job only to find my new one is even more demanding. It’s really out of the frying pan and into the fire.
(ストレスの多い仕事を辞めたのに、新しい仕事はさらにきつかった。まさに一難去ってまた一難だ。)
Between the devil and the deep blue sea
- 意味:「進退窮まる」
- 解説:悪魔と深い海に挟まれ、どちらに逃げても絶望的であるという状況を表します。
- 例文:
I have to choose between bankruptcy or taking a high-interest loan. I’m between the devil and the deep blue sea.
(倒産か高利貸しからの借金か選ばなければならない。まさに「前門の虎、後門の狼」だ。)
知っておきたい豆知識
この言葉に登場する「虎」と「狼」ですが、どちらがより恐ろしい存在として扱われているかには興味深い背景があります。
言葉の構成上、最初に来る「虎」が正面からの大きな脅威であるのに対し、後ろから来る「狼」は、虎ほどの威圧感はなくとも、隙を突いて群れで襲いかかる狡猾(こうかつ)な脅威として描かれています。
かつての中国や日本において、山野での狼の被害は虎以上に身近で深刻なものでした。
「大きな敵を追い払って安心した瞬間に、目立たないがしつこい敵に足をすくわれる」という教訓は、現代の危機管理においても通じるものがあると言えるでしょう。
まとめ
「前門の虎、後門の狼」は、息つく暇もないほど連続する災難や、逃げ場のない究極の板挟みを表す言葉です。
類義語の「一難去ってまた一難」よりも、さらに生命や生活の基盤が脅かされるような、深刻度の高い局面で用いられます。
こうした状況に陥ったとき、私たちはパニックになりがちですが、まずは「今、どちらの門にいるのか」を冷静に見極めることが、突破口を見つける第一歩になることでしょう。
不運の連鎖を断ち切るための知恵として、この言葉の持つ緊張感を覚えておきたいものです。







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