憧れのアイドルのライブ映像を見ているときや、スポーツの試合で決定的な瞬間を迎えたとき、その人の動き一つ一つを食い入るように目で追ってしまった経験。
あるいは、自分の子供やペットの愛らしい動きから一瞬も目が離せない、という心理。
このように、ある人物の細かい動作や振る舞いの一つ一つを余さず指す言葉として、「一挙手一投足」(いっきょしゅいっとうそく)は使われます。
かつては「わずかな労力」という意味でしたが、現在では「誰かの行動を細大漏らさず観察する」あるいは「注目される」といった場面で頻繁に使われる表現です。
意味
「一挙手一投足」とは、手を挙げたり足を運んだりするような、一つ一つのごく細かい動作や振る舞いのことです。
日常の何気ないしぐさや、わずかな身動きを指します。漢字それぞれの意味は以下の通りです。
- 一挙手(いっきょしゅ):一度、手を挙げること。
- 一投足(いっとうそく):一度、足を踏み出すこと。
現代では「細かい動作すべて」という意味で定着していますが、本来は「手を挙げ足を動かす程度の、ごくわずかな労力」という意味でした。
語源・由来
「一挙手一投足」の由来は、中国の唐の時代を代表する文人、韓愈(かんゆ)が書いた手紙『応科目時与人書(かもくにおうずるときひとにあたうるのしょ)』にあります。
当時、官吏登用試験(科挙)を受けていた韓愈は、ある有力な大臣に対して「私を推薦してほしい」と懇願する手紙を送りました。
その中で彼は、自分を水に溺れた者に例え、次のように訴えました。
「もしあなたが、川で溺れている私にほんの少し手を貸して救い上げてくだされば、私は助かります。
それはあなたにとって、手を挙げ足を運ぶ程度のわずかな労力(一挙手一投足の労)に過ぎないはずです」
つまり、元々は「ほんの少しの骨折り」や「造作もないこと」の例えとして使われていました。
そこから転じて、現代では「労力」の意味よりも、比喩に使われた手足の動きそのものに焦点が当たり、「細かい一つ一つの動作」を表す言葉として使われるようになりました。
使い方・例文
「一挙手一投足」は、特定の人物に対して強い関心が寄せられている場面で使われます。
主に「注目する」「監視する」「手本にする」といった文脈で、その人の動作すべてを見逃さないというニュアンスを含みます。
ビジネスシーンでの上司やライバルの観察だけでなく、推し活や育児など、対象を熱心に見つめる状況であれば幅広く使用できます。
例文
- 久しぶりのライブで、推しの一挙手一投足を目に焼き付けようと必死だった。
- 初めて部下ができ、自分の一挙手一投足が見られていると思うと背筋が伸びる。
- 愛猫の一挙手一投足があまりに可愛らしく、スマホの容量が写真ですぐに一杯になる。
- 競合他社の動向を探るため、彼らの一挙手一投足に注視する必要がある。
文学作品での使用例
夏目漱石『明暗』
彼等はまた津田がこの場合どう出るかという事をもあわせて予期しているらしかった。彼等の眼はことごとく津田の上に注がれていた。
彼の一挙手一投足は悉(ことごと)く彼等に取って意味深長な暗示を含んでいるらしく見えた。
(周囲の人々が、主人公である津田の振る舞い一つ一つに重大な意味を感じ取り、注目している緊張感のある場面です)
誤用・注意点
「投足」の書き間違い
非常によくある間違いとして、「一挙手一踏足」と書いてしまうケースがあります。
「足を踏み出す」という意味に引きずられがちですが、正しくは「投」です。
「賽は投げられた」のように、足を「投げ出す」イメージで覚えると良いでしょう。
「一挙一動」との違い
似た四字熟語に「一挙一動」(いっきょいちどう)があります。
これも「一つ一つの動作」という意味で、ほぼ同じように使えます。
ただし、「一挙手一投足」の方が「手」や「足」という具体的なパーツを示している分、より細かなニュアンスを含んで使われることが多い傾向にあります。
類義語・関連語
「一挙手一投足」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 立ち居振る舞い(たちいふるまい):
立ったり座ったりする日常の動作や、行儀のこと。「立ち居振る舞いが美しい」のように、動作の品格やマナーを評価する際によく使われます。 - 挙止進退(きょししんたい):
身のこなしや、出処進退のこと。「立ち居振る舞い」をより硬く表現した言葉です。 - 起居動作(ききょどうさ):
起きたり座ったりする、生活上の基本的な動作のこと。主に介護や医療の現場で使われる用語です。
ニュアンスの違い
「一挙手一投足」は「観察する側(見る側)」の視点が強い言葉です。
「注目されている」という文脈でよく使われます。一方、「立ち居振る舞い」はその人自身の「所作の美しさ」に焦点が当たります。
英語表現
「一挙手一投足」を英語で表現する場合、文脈に応じて「すべての動き」という言葉を選びます。
every move
- 意味:「あらゆる動き」「すべての行動」
- 解説:最も一般的で、「一挙手一投足」のニュアンスに近いです。
誰かを監視したり、熱心に見守ったりする際によく使われます。 - 例文:
The fans watched his every move.
(ファンたちは彼の一挙手一投足を見守った)
every action
- 意味:「すべての行動」
- 解説:物理的な動きよりも、その人が起こす「行動」や「行い」そのものに焦点を当てた表現です。
漢字の豆知識
「一投足」の「投」という漢字は、「投げる」という意味でおなじみですが、ここでは「(足を)ほうり出す」「行かせる」という意味合いで使われています。
また、「挙手」は、現代では「挙手をお願いします」のように意思表示のサインとして使われますが、この言葉の中では単に「手を持ち上げる」という物理的な動作を指しています。
韓愈がこの言葉を使ったときは「ほんの少しの手助け」という意味でしたが、現代ではそれが「一瞬も見逃せない動作」という意味に変化しました。
言葉の意味が、使う側の心理(助けてほしい必死さ→見つめる熱心さ)によって移ろいでいくのは面白い点です。
まとめ
「一挙手一投足」は、手や足のわずかな動き、転じて一つ一つの細かい動作を意味する言葉です。
元々は「わずかな労力」を表す言葉でしたが、今では推しの応援からビジネスでの観察まで、誰かの行動を注意深く見守る状況を表すのに欠かせない表現となっています。
憧れの人の動きを追うときも、誰かの手本として振る舞うときも、この言葉を知っておくと、その瞬間の「視線の重み」や「細部への意識」をより深く理解できることでしょう。



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