意味
磨穿鉄硯とは、硬い鉄のすずりをすり減らして穴をあけてしまうほど、粘り強く学業や仕事に励むことという意味です。
途中で投げ出さず、成果が出るまで努力を続ける姿勢のたとえとして用いられます。
- 磨(ま):すり減らすこと。
- 穿(せん):穴をあけること。
- 鉄硯(てっけん):鉄でできたすずり。
語源・由来
中国・五代十国時代の政治家、桑維翰(そういかん)にまつわる話に由来すると伝えられています。
桑維翰は科挙(官僚の採用試験)合格を目指していましたが、名前の「翰」の字が「負ける」を意味する「輸」と同音であることから縁起が悪いとされ、周囲から受験をあきらめるよう勧められたという言い伝えがあります。
それでも桑維翰は志を曲げず、鉄でできたすずりを作らせ、「このすずりがすり減って穴があくまで学問をやめない」と誓って学び続け、ついに進士に及第したと『新五代史』桑維翰伝に記されています。
使い方・例文
磨穿鉄硯は、資格試験や長期の研究など、強い意志で努力を続ける様子をたたえる場面で使われます。
- 彼は磨穿鉄硯の覚悟で資格試験に挑んだ。
- 祖父はいつも磨穿鉄硯の精神を忘れるなと語っていた。
- 十年越しの研究は、まさに磨穿鉄硯の努力の賜物だ。
類義語・関連語
磨穿鉄硯と同様に、努力を重ねて学問に励むことを表す言葉には、以下のようなものがあります。
- 蛍雪の功(けいせつのこう):
苦労しながら学問に励んだ成果。 - 韋編三絶(いへんさんぜつ):
書物を繰り返し読み、熱心に学ぶこと。 - 点滴穿石(てんてきせんせき):
小さな努力の積み重ねが大きな成果を生むこと。
科挙合格から宰相へ、桑維翰のその後
鉄のすずりに誓いを立てて科挙に及第した桑維翰は、その後、後晋の宰相にまで上り詰めました。
枢密使や中書令など要職を歴任し、国政の中枢を担う立場になっています。
しかし947年、契丹(遼)の軍に都を攻め落とされると、寝返った武将によって処刑されることになりました。
『新五代史』によれば、桑維翰は最期に「私は晋の大臣である、国のために死ぬべきだ」と述べたと伝えられています。










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