意味
「神色自若」は、人の落ち着きぶりをほめる形で使われ、多くは「神色自若として」という言い方で文の中に置かれます。
周りが浮き足立つほどの出来事が起きているという前提があってはじめて成り立つ語で、平穏な場面には使いません。
心の中が静かだというより、顔つきに動揺が出ていないという外から見える様子に重きがあります。
- 神色(しんしょく):精神と顔色。
- 自若(じじゃく):もとのままで動じないこと。
語源・由来
「神色自若」は、中国の歴史書『晋書』の王戎伝に見える言い方です。
王戎は三世紀の中国の人で、幼いころから聡明さで知られました。
六、七歳のころ、宣武場という広場で見世物を見ていたところ、檻の中の猛獣が地を震わすほどの声で吼えました。
居合わせた人々は我先にと逃げ出しましたが、王戎ひとりは立ったまま動かず、顔色を変えませんでした。
その様子を高い建物の上から見ていた魏の明帝が、この子は並ではないと感心した、と書かれています。
日本では、江戸時代の漢詩文集『徂徠集』(一七三五〜四〇年)に「神色自若」が出てきます。
源義経の落ち着きぶりを書いた箇所に使われています。
使い方・例文
「神色自若」は、大きな出来事や不利な場面に置かれた人の落ち着きぶりを評する場面で使われます。
- 機体が大きく揺れ続けても、機長は神色自若としていた。
- 不利な質問が続いても、証人は神色自若たる態度だった。
- 火の手が上がる中で、店主は神色自若として客を誘導した。
小説での使われ方
『灰燼』(森鷗外)
動揺を見せないまま相手に話しかける人物の様子を、この四字で書き表しています。
山口は神色自若として相原に言った
類義語・関連語
「神色自若」と同じく、事が起きても動じない様子を表す言葉には以下のようなものがあります。
- 泰然自若(たいぜんじじゃく):
落ち着き払っていて、どんなことが起きても少しも動じない様子。 - 冷静沈着(れいせいちんちゃく):
感情に流されず、落ち着いて物事に対処すること。 - 明鏡止水(めいきょうしすい):
邪念が消えて澄み切った、静かな心境。
「神色自若」と「泰然自若」の違い
「神色自若」と「泰然自若」は、意味の重なりが大きい二語です。
「神色自若」は、顔色が変わらないという見た目に軸があります。
「泰然自若」は、顔色に限らず態度全体がゆったりしていることに軸があります。
| 語句 | 軸になるもの | 見え方 |
|---|---|---|
| 神色自若 (しんしょくじじゃく) | 精神と顔色 | 表情が変わらない |
| 泰然自若 (たいぜんじじゃく) | 態度の全体 | ゆったり構えている |
英語表現
keep one’s composure
composure は落ち着きを指す語で、取り乱しそうな場面でそれを保ち続けるという表現。
He kept his composure even as the alarms went off.
(警報が鳴りだしても、彼は神色自若としていました。)
王戎と竹林の七賢
王戎は、酒と談論で知られた竹林の七賢の一人に数えられます。
『晋書』には、王戎が集まりに遅れて着いたとき、阮籍が「俗物がまた来て興をそいだ」と言い、王戎が「あなた方の興はずいぶん簡単にそがれるものですね」と笑い返した話が載っています。
七賢のうち嵇康と阮籍が世を去ったあと、王戎は昔よく飲んだ酒屋の前を通りかかり、供の者を振り返ってこう言ったと記されています。
今日これを視れば近しと雖も、邈かなること山河のごとし
いまここを見れば距離は近いのに、山や河を隔てたように遠く感じる、という意味です。









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