四字熟語

尊皇攘夷

(そんのうじょうい)

天皇を尊び、外国の勢力を追い払おうとする、幕末に唱えられた政治思想。

異形:尊王攘夷

8文字の言葉そ・ぞ」から始まる言葉
尊皇攘夷 ことば
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意味

「尊皇攘夷」は、天皇を尊び、外国の勢力を打ち払おうとする、幕末に唱えられた政治思想を指します。
本来は別々だった「尊王論」(天皇を敬う考え方)と「攘夷論」(外国勢力を排除する考え方)が結びついた言葉で、江戸幕府の対外政策を批判する運動の合言葉としても使われました。

  • 尊皇(そんのう):天皇を尊び敬うこと。
  • 攘夷(じょうい):外国の勢力を追い払うこと。

語源・由来

「尊皇攘夷」は、もとは古代中国の政治思想に由来する言葉です。
春秋時代、周の王室の権威が衰えるなか、覇者と呼ばれた諸侯が「周の王を尊び、周辺の異民族(夷狄)の侵入を防ぐ」という大義名分を掲げて他の諸侯を従えました。斉の桓公を補佐した管仲が、この立場を体現した人物として知られています。
日本では江戸時代後期、水戸藩の学者・会沢正志斎が『新論』(1825年)でこの考え方を体系づけ、天皇を尊ぶ国体論と、通商を求めて接近する列強への危機感を結びつけました。
1853年のペリー来航をきっかけに列強への危機感が全国に広がると、尊皇攘夷は江戸幕府の対外政策を批判する下級武士たちの合言葉となり、倒幕運動を後押しする大きな流れになりました。
もっとも、薩摩藩や長州藩が列強との戦い(薩英戦争・下関戦争)で軍事力の差を思い知ると、攘夷(外国排除)の主張は現実的でないと判断され、運動の中心は開国を前提とした倒幕・王政復古へと転換していきました。

尊王攘夷 – Wikipedia

使い方・例文

「尊皇攘夷」は、幕末の歴史や当時の政治思想を語る場面で使われます。

  • 幕末の志士たちは尊皇攘夷を掲げて藩論をまとめようとした。
  • 教科書には尊皇攘夷運動が倒幕へとつながる過程が説明されている。
  • 水戸学は尊皇攘夷の思想的な支柱として広く知られている。

類義語・関連語

「尊皇攘夷」と関わりの深い、幕末の政治思想を表す言葉には以下のようなものがあります。

  • 尊王論(そんのうろん):
    天皇を尊び、その権威を政治の中心に置こうとする考え方。
  • 攘夷論(じょういろん):
    外国の勢力を排除しようとする考え方。

対義語

「尊皇攘夷」とは逆に、幕府と朝廷の協調や、外国との交流を重んじる立場を表す言葉には次のようなものがあります。

  • 公武合体(こうぶがったい):
    朝廷と幕府が協力して政治の安定を図ろうとする立場。
  • 開国論(かいこくろん):
    外国と積極的に交流し、通商を進めようとする考え方。

英語表現

revere the emperor, expel the barbarians

「尊皇攘夷」の主張をそのまま英語に訳した言い方で、歴史の説明に使われる。

The slogan “revere the emperor, expel the barbarians” drove much of the political unrest in the final years of the shogunate.
(「尊皇攘夷」という標語は、幕末の政治的混乱の大きな原動力となりました。)

皇の一字がにじむ由来

「尊皇攘夷」には「尊王攘夷」という書き方もあり、この一字の違いは単なる表記のゆれにとどまりません。
もとの中国の政治思想は、諸侯が周の「王」を盟主として仰ぐ関係を前提にした言葉で、「王」の字が使われていました。
一方、日本の君主は古くから「天皇」と呼ばれ、「王」ではありません。
江戸時代後期の思想家たちが中国由来の言葉を日本の文脈に読み替える中で、「王」を天皇に合わせた「皇」に置き換えた「尊皇攘夷」という書き方も広まったと考えられます。
どちらの表記も現在の辞書に残っており、一つの言葉の中に中国由来の型と日本での読み替えの両方が同居しています。

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