意味
「太山鴻毛(たいざんこうもう)」とは、命を何のために使ったかによって、その死は泰山より重くもなれば、鳥の羽毛より軽くもなるという意味です。
人の死を悼んだり、自分の命の使い道を省みたりする場面で引かれる言葉です。
- 太山(たいざん):中国にある霊山、泰山。
- 鴻毛(こうもう):大きな鳥(鴻)の羽毛。
語源・由来
この言葉は、中国の歴史家である司馬遷が、友人の任安に宛てた手紙「報任少卿書」(少卿は任安の字)の一節に由来します。
司馬遷は、「人は固より一死有り、死は或いは泰山より重く、或いは鴻毛より軽し」と記しました。
人は誰しもいつか死ぬが、その死には泰山のように重いものもあれば、鳥の羽毛のように軽いものもある、という意味です。
司馬遷はこれに続けて、その違いは命を何に向けて使うかによって生まれると述べています。
この手紙は伝わる本によって「泰山」とも「太山」とも書かれており、この言葉も「泰山鴻毛」と書かれることがあります。
使い方・例文
- 太山鴻毛の教えのとおり、何のために生きるかが命の重みを決める。
- 弔辞で太山鴻毛の故事を引き、故人の生き方をたたえた。
「太山鴻毛」は、司馬遷が死を選ばなかった理由を語る一節
「太山鴻毛」が記された手紙は、司馬遷が自らの屈辱的な体験を明かしながら、それでも生き続ける決意を語ったものです。
司馬遷は、匈奴に降伏した武将・李陵を弁護したことで前漢の武帝の怒りを買い、宮刑(= 去勢の刑)という屈辱的な処罰を受けました。
本来なら自害してでも名誉を守るべき境遇でしたが、司馬遷はあえて生き恥をさらしてでも、歴史書『史記』を書き上げることを選びました。
同じ手紙で司馬遷は、もし刑に服して死んでいたら「九牛の一毛」を失ったのと変わらず、世間には罪が極まって死んだとしか思われなかったとも書いています。
「死は泰山より重く、あるいは鴻毛より軽い」という一節は、軽い死で終わらず、命を『史記』の完成に使おうとした、この決断の理由を語る中で記されたものです。









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