意味
「顰に倣う(ひそみにならう)」とは、人のすることを、良し悪しも考えずにそのまま見習ってしまうという意味です。
特に、見た目だけを真似て中身が伴わず、うまくいかないことが多い模倣を指します。
自分の行いをへりくだっていう場合にも使われます。
- 顰(ひそみ):顔をしかめること。
語源・由来
「顰に倣う」は、中国の思想書『荘子』の天運篇に記された、絶世の美女・西施にまつわる話に由来する言葉です。
西施は胸の病を患い、顔をしかめていましたが、その顔つきさえ美しく見えました。
それを見た村の醜い女が、自分も胸に手を当てて顔をしかめれば美しく見えると思い込み、村の中で同じようにしました。
ところが、その姿を見た村の金持ちは門を固く閉ざして外に出なくなり、貧しい者は妻子を連れて村から逃げ出したといいます。
この話から、物事の本質を理解せず、見た目だけを真似ても良い結果にはならないという教えを込めて、「顰に倣う」という言葉が使われるようになりました。
使い方・例文
「顰に倣う」は、他人の真似をするだけで中身が伴わない様子や、自分の行いを謙遜する場面で使われます。
考えなしの真似という含みがあるため、他人の行いについて使うと、その人をけなすことになります。
また、自分を真似るよう人に勧める形で使うのも、自分を上に置く言い方になるので向きません。
- 先輩の話し方を顰に倣ってみたが、様にならなかった。
- 顰に倣う形ではありますが、私も一句詠ませていただきます。
類義語・関連語
この言葉と同様に、見た目だけの真似を表す言葉には以下のようなものがあります。
- 猿真似(さるまね):
物事の意味を考えず、表面だけをそのまま真似ること。
英語表現
monkey see, monkey do
直訳は「猿は見たとおりにまねる」で、よく考えずに他人の行いをまねることを言う表現。
When his sister dyed her hair, he dyed his too. Monkey see, monkey do.
(姉が髪を染めたら、弟も同じように染めた。顰に倣うとはこのことだ。)
『荘子』の「顰に倣う」の話は孔子への皮肉
『荘子』天運篇が西施の話を持ち出すのは、孔子を皮肉るためです。
孔子が昔の礼義法度(礼儀や法の定め)を後の世にそのまま当てはめようとするのは、西施の顰を真似た女と同じだ、というのです。
時代も状況も違うのに昔の型だけをなぞっても、見苦しい結果に終わるだけだ、という主張です。
「顰に倣う」には、形だけを追う姿勢への戒めが、成り立ちの時点から込められています。









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