意味
「狂言綺語(きょうげんきご・きょうげんきぎょ)」とは、道理に合わない言葉と、うわべを巧みに飾った言葉のことです。
もとは仏教や儒教の立場から、小説や物語などを、いつわり飾った文章としていやしめて呼ぶ言葉で、転じて、詩歌や管弦などの遊びを指すこともあります。
- 狂言(きょうげん):道理から外れた、たわむれの言葉。
- 綺語(きご):美しく飾り立てただけの、中身のない言葉。
語源・由来
「狂言綺語」の「綺語」は、仏教で戒められる悪い言葉づかいの一つです。
唐の詩人白居易は、「香山寺白氏洛中集記」という文章の中で、今の世で自分が書いてきた世俗の文章を「狂言綺語の過ち」と呼び、それを来世で仏の教えをたたえる因、仏の教えを広める縁に転じたいと記しました。
この句が日本に伝わり、和歌や物語を「狂言綺語」と呼ぶ言い方が広まりました。
使い方・例文
「狂言綺語」は、道理に合わない言葉や飾り立てただけの言葉を非難する場面や、小説・物語などの文芸を、仏教や儒教の立場から低く見て言う場面で使われます。
- 彼の弁明は狂言綺語にすぎず、誰も信じなかった。
- 作者は自らの小説を「狂言綺語の類」と謙遜して語った。
勧学会が重んじた白居易の一句
仏教では、和歌や物語などの「狂言綺語」をもてあそぶことは、うそをつくことを禁じる妄語戒を破り、仏の教えに背く行いと考えられていました。
一方で、白居易の「狂言綺語の過ち」を仏の教えをたたえる因に転じたいという句は、文芸も仏の教えを示す手立てになるという立場をはっきり示したものでした。
日本では平安時代中期以降、慶滋保胤らが始めた勧学会に集まった人々がこの句を重んじ、『和漢朗詠集』にも収められて、この考え方が広まりました。
後白河天皇や藤原俊成にも、和歌や物語が仏道の修行につながるとする考え方がはっきり見られます。










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