意味
「肩摩轂撃(けんまこくげき)」とは、行き交う人の肩がこすれ合い、車と車が車輪をぶつけ合うほど、道が混み合っている様子を表す四字熟語です。
都市の繁栄ぶりや、人通りの多さを大げさに言い表す言葉として使われます。
- 肩摩(けんま):肩と肩がすり合うこと。
- 轂撃(こくげき):車の轂(= 車輪の中心のハブ)がぶつかり合うこと。
語源・由来
「肩摩轂撃」は、中国の戦国時代の遊説家たちの言論をまとめた『戦国策』の斉策(= 斉の国に関する巻)に登場する言葉です。
遊説家の蘇秦が斉の宣王に、秦に対抗する同盟へ加わるよう説いた場面で、斉の都・臨淄の道は「車は轂を打ち合い、人は肩をすり合わせる」ほどだと語っています。
都に集まる人と物の多さを、体が触れ合うほどの混雑ぶりで表現したのがこの言葉です。
使い方・例文
- 大晦日の商店街は肩摩轂撃の賑わいだった。
- かつては肩摩轂撃と謳われた門前町も、今は人通りがまばらだ。
英語表現
shoulder to shoulder
直訳は「肩と肩を寄せ合って」で、人が密集し混雑している様子を表す言い回し。
The crowd stood shoulder to shoulder along the parade route.
(パレードの沿道は肩摩轂撃の人出だった。)
「肩摩轂撃」は、斉王を説得するための誇張だった
「肩摩轂撃」が生まれた舞台である臨淄は、戦国時代の斉の都であり、当時の中国でも有数の大都市でした。
同じ場面で蘇秦は、臨淄の城内には七万戸があり、1戸に少なくとも男子が3人いると見積もれば、遠くの県から集めなくても臨淄だけで二十一万の兵がそろうと語っています。
ただしこれは、斉の王に自国の強さを思い出させ、秦に従う必要はないと説くための弁論の一部です。
数字にも説得のための誇張が含まれうるため、そのまま人口の記録とは受け取れません。
「肩摩轂撃」も、こうした弁論の中で生まれた誇張表現です。









コメント