意味
「孤高(ここう)」とは、群れることをよしとせず、ひとりで高い志を持ち続ける生き方という意味です。
あえて孤独を選ぶ姿勢に対して、尊敬の意味合いを込めて使われることが多い言葉です。
語源・由来
中国・唐の詩人李白の詩「行路難」の第三首には、「含光混世貴無名、何用孤高比雲月(光をやわらげて俗世に混じり、名を求めないことをこそ貴べ。ひとり抜きん出て高く在ることを、雲や月になぞらえたところで何になろうか)」という句があります。
同じ時代の詩人高適は、慈恩寺の塔に登ったときの詩で「登臨駭孤高(登ってみると、ひとり高くそびえる姿に驚かされる)」と詠んでいます。
この詩の「孤高」は人の生き方ではなく、塔がほかから抜きん出て高いことを表しています。
使い方・例文
- 彼は群れを嫌い、孤高の道を貫いた研究者として知られる。
- 孤高の存在であり続けることは、時に孤独と隣り合わせだ。
類義語・関連語
「孤高」と同じように、ひとり信じる道を進む姿勢を表す言葉には以下のようなものがあります。
- 独立独歩(どくりつどっぽ):
人に頼らず、自分の信じる道を進むこと。
対義語
- 付和雷同(ふわらいどう):
自分の考えを持たず、他人の意見にすぐ同調すること。
英語表現
a lone wolf
群れずにひとりで行動する人を、狼にたとえた言い方。
「孤高」のうち周囲と群れない面に当たり、高い志の意味は含まない。
He has always been a lone wolf in the industry.
(彼は業界の中で、常に群れずにひとりで仕事をしてきました。)
李白の詩では「孤高」は誇るに足らず
李白の「行路難」第三首は、「有耳莫洗潁川水、有口莫食首陽蕨(耳があっても潁川の水で洗うな、口があっても首陽山のわらびを食べるな)」という句で始まります。
潁川で耳を洗ったのは許由、首陽山にこもって餓死したのは伯夷・叔斉で、どちらも世を捨てた潔さで知られる人物です。
李白はこうした生き方をまねるなと述べたうえで、名を求めずに俗世に混じることを貴び、ひとり高く在ることを雲や月になぞらえても何になろうか、と続けます。
今の「孤高」はひとり高い志を保つ生き方をほめる言葉ですが、この詩の中では、誇っても意味のないものとして書かれています。









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