二字熟語 故事成語

放心

(ほうしん)

心がどこかへ行ってしまったように、ぼんやりとして我を忘れること。


4文字の言葉 / 「ほ・ぼ・ぽ」から始まる言葉
放心 ことば
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意味

「放心(ほうしん)」とは、何かに心を奪われるなどして、魂が抜けてしまったようにぼんやりすることです。
大きな出来事に気持ちを奪われたり、張り詰めていた気がゆるんだりして、周りのことが目に入らなくなる状態を指します。
また、「どうぞご放心ください」のように、心配ごとを頭から追い払うこと(放念)の意味でも使います。

語源・由来

「放心」は、中国の思想家孟子もうしの言葉に由来するとされます。
『孟子』告子こくし上篇で、孟子もうしは「学問の道とは、放たれた心を取り戻すことにほかならない(学問の道は他無し、その放心を求むるのみ)」と説きました。
人は鶏や犬が逃げればすぐに探しに行くのに、自分の心が本来のあるべき姿から離れてしまっても、それを取り戻そうとしない、と孟子もうしは嘆いています。
ここでの「放心」は、生まれながらに備わった善い心が、欲望などによって見失われた状態を指す言葉でした。
のちに、ほかのことに気を取られてぼんやりする意味でも使われるようになりました。

使い方・例文

  • 彼は放心したように、窓の外をぼんやりと眺めていた。
  • 大役を終えた安堵からか、放心状態のまま椅子に座り込んだ。
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類義語・関連語

「放心」と同じように、我を忘れてぼんやりする様子を表す言葉には以下のようなものがあります。

  • 呆然(ぼうぜん):
    驚きや衝撃で、我を忘れてぼんやりすること。
  • 茫然自失(ぼうぜんじしつ):
    あまりのことに、心が抜けたようになること。

英語表現

absent-minded

心がここになく、注意がおろそかになっている様子を表す言い方。

He was so absent-minded that he left his umbrella on the train.
(彼はあまりに放心していて、電車に傘を置き忘れました。)

孟子の「放心」の章は「仁は人の心なり」で始まる

『孟子』告子上篇で「放心」が出てくる章は、「仁は人の心なり、義は人の路なり」という一文で始まります。
孟子もうしは続けて、道を捨てて通らず、心を手放して探そうともしないのは哀しいことだと述べ、そのあとに鶏や犬のたとえと「学問の道は他無し、その放心を求むるのみ」の一文を置いています。
この章での「放心」は、ぼんやりした状態ではなく、人が本来持っている思いやりの心である「仁」を手放した状態を指しています。

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