意味
「不徳の致すところ(ふとくのいたすところ)」とは、起きた失敗や不都合は、自分の徳が足りないせいで招いたものだという意味です。
責任を自分で引き受けて謝るときの、改まった決まり文句として使われます。
- 不徳(ふとく):身に徳が備わっていないこと。
- 致す(いたす):ある結果を引き起こすこと。
語源・由来
「不徳」は、儒教で重んじられた「徳」が足りないことを表す言葉です。
中国では、君主に徳が無ければ天が災いを示すと考えられ、前漢の文帝は日食が起きたとき、次のような詔(= 皇帝の命令書)を出しています。
人主不徳にして政を布くこと均しからざれば、則ち天これに示すに菑を以てし、以て治まらざるを誡む
(君主に徳が無く、政治が公平でなければ、天は災いを示して戒める)
文帝はこの詔の中で、日食が起きたのは自分の不徳が大きいためだと述べています。
災いや失敗の原因を、上に立つ者が自分の徳の足りなさに求める言い方は、中国の古い歴史書『史記』にすでに見られます。
使い方・例文
- 「すべて私の不徳の致すところです」と、社長は深く頭を下げた。
- 部下の不始末を防げなかったのは、私の不徳の致すところだ。
- 会見で彼は「ひとえに私の不徳の致すところです」と述べた。
類義語・関連語
この言葉と同じように、自分の非を認める言葉には、以下のようなものがあります。
謝罪の場で使うほかの言葉は、以下の記事にもまとめています。
漢の文帝、役人の過ちも「わが不徳」とした
文帝は別の年、災いの責任を臣下に移すための祈りを役人が行っていると知り、それをやめさせる詔を出しました。
百官の非は、宜しく朕が躬に由るべし
(役人たちの過ちは、私自身の責任とすべきだ)
文帝は、責任を臣下に負わせる祈りこそが、自分の「不徳」を世に示すものだとしました。
部下の不始末を、上に立つ人が自分の責任として謝る「不徳の致すところ」と、同じ向きの考え方です。










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