慣用句

忸怩たる思い

(じくじたるおもい)

自分の至らなさや過ちを深く恥じ、内心で反省する気持ち。

短縮形:忸怩

8文字の言葉 / 「し・じ」から始まる言葉
忸怩たる思い ことば
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意味

「忸怩たる思い(じくじたるおもい)」とは、自分のふがいなさを心の中で恥じ入るという意味です。
「思い」を付けず「忸怩」だけでも同じ意味で使われます。

  • 忸(じく):恥じ入ること。
  • 怩(じ):恥じ入ること。

語源・由来

この言葉は、中国最古の歴史書とされる『書経しょきょう』の「五子之歌ごしのうた」という一節に由来します。
夏王朝三代目の王・太康たいこうは狩りに明け暮れ、100日たっても都に戻らず政治を顧みませんでした。
その隙をついた有窮氏ゆうきゅうしの后羿こうげいに行く手を阻まれ、太康たいこうは都へ帰れなくなります。
同行していた5人の弟たちは、兄の失政を嘆いてそれぞれ歌を作りました。
その一つに「顔厚有忸怩かおあつくしてじくじたるあり」という一節があります。
古くからの注釈の多くは、これを、恥ずかしさが顔色に表れ、心の中でも恥じ入っている様子と読んでいます。
なお「忸怩」の語はこれより古い『孟子』にも見え、「五子之歌」自体も後の時代に作られた偽作とされる篇です。

使い方・例文

  • チェックの甘さを露呈してしまい、忸怩たる思いでいっぱいだ。
  • 後進の指導が至らなかったと、今も忸怩たるものがある。
  • 約束を守れなかった自分に、忸怩たる思いを抱いている。

誤用・注意点

文化庁の令和4年度「国語に関する世論調査」では、本来の「恥じ入るような思い」と答えた人が33.5パーセント、「残念で、もどかしい思い」と答えた人が52.6パーセントでした。
本来の意味を知っている人の方が少数派です。
「忸怩たる思い」は自分の内側に向けた恥の感情を表す言葉で、外の状況に対する悔しさやもどかしさを表す言葉ではありません。
悔しさやもどかしさを伝えたいときは「痛恨の極み」「無念でならない」などを使うほうが正確に伝わります。

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類義語・関連語

この言葉と同じように、自分の言動を恥じる気持ちを表す言葉には、以下のようなものがあります。

  • 慙愧に堪えない(ざんきにたえない):
    自らの言動を深く恥じ入り、情けなさで胸がいっぱいになること。
  • 汗顔の至り(かんがんのいたり):
    恥ずかしさのあまり冷や汗をかくほど、深く恥じ入ること。

「忸怩たる思い」と類義語の違い

どれも自分を恥じる気持ちを表す言葉で、恥がどこにとどまるか(内心・言葉・表情)で分かれます。

語句恥の性質
忸怩たる思い
(じくじたるおもい)
他人には見せず、内心にとどめる恥
慙愧に堪えない
(ざんきにたえない)
抑えきれないほど強く、公の場でも述べる恥
汗顔の至り
(かんがんのいたり)
顔に出るほどの、きまりの悪さ

英語表現

英語では、次のような言い方でこの気持ちを表します。

feel ashamed of oneself

自分自身に対して恥ずかしいと感じることを表す、最も直接的な言い方。

I feel ashamed of myself for missing the deadline.
(締め切りを守れず、忸怩たる思いです。)

『書経』で「忸怩」は歌い手自身の恥

「五子之歌ごしのうた」は5首の歌からなり、「顔厚有忸怩かおあつくしてじくじたるあり」はその最後の5首目にあります。
前の4首は、祖先の禹うの戒めや昔の王の例を引いて、酒色や狩りにふける政治が国を滅ぼすと説いています。

5首目になると、歌は歌い手自身の嘆きに変わります。
「万姓仇予、予将疇依」(万民はわたしを恨む。わたしは誰を頼ればよいのか)と歌い、続けて「鬱陶乎予心、顔厚有忸怩」(わたしの心はふさぎ、恥ずかしさが顔に出て、心でも恥じ入っている)と詠みます。
最後は「弗慎厥徳、雖悔可追」(徳を慎まなかった。悔やんでも取り返せようか)で結ばれます。
この歌の「忸怩」は、兄の失政を外から責める言葉ではなく、国を失った王家の一員が自分の心の恥として詠んだ言葉です。

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