意味
「徳は孤ならず必ず隣あり(とくはこならずかならずとなりあり)」とは、人として正しい行いを重ねる人はひとりきりになることがなく、その人を分かって助ける仲間が必ず出てくるという意味です。
徳のある人の行いに心を動かされ、その人を慕って同じように振る舞う人が生まれる、という意味合いも含みます。
縮めて「徳の隣」とも言います。
- 孤(こ):仲間がなく、ひとりきりであること。
- 隣(となり):ここでは、そばにいる理解者や協力者。
語源・由来
この言葉は、『論語』の里仁篇(= 『論語』の篇の一つ)にある、孔子の次の一節が由来です。
子曰:「德不孤,必有鄰。」
(先生がおっしゃった。「徳のある人は孤立しない。必ず仲間がいる。」)
孔子がこの言葉で、ともすると孤立しがちなまじめな人を励ましている、という読み方があります。
使い方・例文
- 一人で始めた祖父の清掃活動に、今では大勢が加わる。徳は孤ならず必ず隣ありだ。
- 徳は孤ならず必ず隣ありというが、誠実な先輩の周りには協力者が集まる。
- 正しいと思うなら続けなさい。徳は孤ならず必ず隣ありで、味方は必ず現れる。
類義語・関連語
徳のある人のもとに人が集まる、という点で通じる語です。
- 桃李成蹊(とうりせいけい):
桃やすももの木の下に自然と道ができるように、徳のある人のもとへ人が集まることのたとえ。
「徳は孤ならず必ず隣あり」と「桃李成蹊」の違い
どちらも徳のある人のまわりに人が集まることを言います。
「桃李成蹊」は、桃やすももが何も言わないのに花や実を慕って人が寄ってくる、という『史記』のたとえで、本人が呼びかけなくても人が集まる点に重みがあります。
「徳は孤ならず必ず隣あり」は、徳のある人がひとりきりにならず、理解者や助け手が必ず現れる点を言います。
「徳は孤ならず必ず隣あり」の一つ前は口より行いを説く句
里仁篇は「里仁爲美」の一句で始まり、篇の名はこの冒頭の2字です。
この篇には「朝聞道,夕死可矣」(朝に人の道を聞いて悟れたなら、その晩に死んでもかまわない)という有名な一句も収められています。
「徳は孤ならず必ず隣あり」は篇の終わり近くに置かれ、すぐ前には次の一句があります。
子曰:「君子欲訥於言而敏於行。」
(先生がおっしゃった。「立派な人は、口は重くても、行いには素早くありたいと願う。」)

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