ことわざ

恋に師匠なし

(こいにししょうなし)

恋は人から教わらなくても、自然とするようになり、振る舞い方も覚えるものだということ。


9文字の言葉 / 「こ・ご」から始まる言葉
恋に師匠なし ことば
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意味

「恋に師匠なし(こいにししょうなし)」とは、恋というものは、人から手ほどきを受けなくても、誰でも自然にするようになるものだという意味です。
また、恋をすると、誰も教えていないのに知恵が働き、一人前の振る舞いができるようになることのたとえでもあります。

  • 師匠なし:
    先生や指導者がいない(必要ない)。

つまり、「恋愛は習うものではなく、本能的にできるようになるもの」という、人間の情動の強さや自然発生的な側面を強調した言葉です。

語源・由来

昔は、芸事や職人の技術は「師匠」について厳しい修業の末に身につけるのが常識でした。
しかし、それほど難しいことでも、「恋」に関してだけは師匠がいなくても誰もが一人前になる。
この言葉には、そんな人間の性(さが)に対する感心や、ある種のユーモアが含まれています。

使い方・例文

恋愛についてのアドバイスをする場面や、誰かが驚くほど積極的な行動に出た際などに使われます。

例文

  • 奥手な彼がサプライズを用意するとは。恋に師匠なしとはよく言う。
  • 悩む必要はないよ。恋に師匠なし、その時が来れば自然と分かるさ。
  • 初恋で急におしゃれになった孫。恋に師匠なしとはこのことだ。
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類義語・関連語

「恋に師匠なし」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。

  • 恋の手習い(こいのてならい):
     恋をすると、無学な人でも自然と詩歌を作るようになったり、文字を覚えたりして、才能が目覚めること。「発心(ほっしん)は恋の手習い」とも言う。
  • 門前の小僧習わぬ経を読む(もんぜんのこぞうならわぬきょうをよむ):
    環境の中にいれば、誰に教わらなくても自然と覚えてしまうこと。

「恋に師匠なし」と「門前の小僧習わぬ経を読む」の違い

どちらも教わらずに身につくと言いますが、身につく理由が違います。
「恋に師匠なし」は内から湧いてくる本能で、「門前の小僧習わぬ経を読む」は外から受ける環境の影響で身につきます。

恋に師匠なしと並ぶ恋のことわざは、恋を理屈の外に置く

「恋に師匠なし」は、恋だけは教わらなくてもできる、と言っています。
同じように「恋」を冠したことわざを並べると、どれも似た方向を向いています。

  • 恋は盲目(こいはもうもく):
    恋をすると、相手の欠点も周りの事情も見えなくなる。
  • 恋は思案の外(こいはしあんのほか):
    恋は、考えて決められるものではない。
  • 恋の山には孔子の倒れ(こいのやまにはくじのたおれ):
    あの孔子でさえ、恋の道では足を取られる。

教わる必要がない、考えても仕方がない、聖人でも避けられない。
言い方は違っても、どれも恋を理屈の届かないところに置いています。

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