意味
「猿に木登り(さるにきのぼり)」とは、その道の専門家や達人に対して、その人が最も得意とする分野のことを教えようとする愚かさのたとえです。
相手がよく知っていることを、わざわざ教え込もうとするのは無駄だ、という意味で使われます。
「猿」は木登りの名人であることから、その専門性を象徴しています。
語源・由来
「猿に木登り」は、木登りの名人である猿の姿から生まれた言葉です。
生まれつき木登りの才能を持ち、生活の一部として軽々と木を上り下りする猿に対して、人間がわざわざ登り方のコツを教えるのは、まったくの無駄です。
そこから、分かりきっていることを専門家にあえて教える無駄のたとえになりました。
使い方・例文
「猿に木登り」は、相手の専門性をうっかり見落としてアドバイスをしてしまった際の反省や、第三者の的外れな様子を揶揄(やゆ)する場面で使われます。
例文
- プロのピアニストに指の動かし方を教えるのは、まさに猿に木登りだ。
- プロのプログラマーにキーボード入力方法を教えるなんて、猿に木登りだった。
- 魚屋の主人に鮮度の見分け方を講釈するのは、猿に木登りで恥ずかしい。
誤用・注意点
「猿に木登り」は、「非常に簡単なことのたとえ」ではありません。
また、相手の能力を単純に褒めるための言葉でもありません。
「教える側が、相手の優れた力を分かっていない」という、よくない状況を言う言葉で、自嘲の意味合いも含みます。
※相手を「私よりも劣っている」と見なす失礼な表現になるため、自分自身を戒める場面以外では、使う相手に気をつけたい言葉です。
類義語・関連語
「猿に木登り」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 釈迦に説法(しゃかにせっぽう):
仏の教えを悟った釈迦に、仏法を説くこと。最も一般的に使われます。 - 孔子に論語(こうしにろんご):
儒教の祖である孔子に、その教えである論語を説くこと。 - 河童に水練(かっぱにすいれん):
泳ぎの達人である河童に泳ぎ方を教えること。
「猿に木登り」と「猿も木から落ちる」の違い
猿を使ったことわざには、もう一つ「猿も木から落ちる」があります。
どちらも猿が木登りの名人であることを前提にしていますが、向いている先は正反対です。
「猿に木登り」は、その名人に木の登り方を教えようとする側の無駄を言います。
「猿も木から落ちる」は、名人の猿でも木から落ちることがあるように、その道に優れた人でも油断すれば失敗するという意味です。
同じ前提から、片方は教える側の無駄を、もう片方は油断を戒めています。
英語表現
「猿に木登り」を英語で表現する場合、以下の定型句がそのニュアンスをよく表します。
Teach your grandmother to suck eggs
「祖母に卵の吸い方を教える」
人生経験が豊富な祖母に対し、若者が卵の扱いを教えようとする滑稽さを表します。
Don’t try to teach your grandmother to suck eggs.
(釈迦に説法(猿に木登り)はやめなさい。)
猿に木登りを教える句は『詩経』にもあり、戒めの中身が違う
「猿に木登り」と同じく、猿に木登りを教える句が、中国最古の詩集『詩経』の「角弓」という詩にあります。
「猿に木登りを教えてはいけない。泥の上に泥を塗りつけるようなものだ」という意味の句です。
明治の終わりに出たことわざの辞典も、「猿に木登り教えるよう」の項に、この『詩経』の句を添えています。
ただし、『詩経』の句が戒めているのは、教える手間の無駄ではありません。
宋の儒学者朱熹の注は、猿は教えなくても木に登れるとしたうえで、もともと身内への情の薄い小人(徳のない人)を王が引き寄せるのは、猿に木登りを教えるようなものだと説いています。
中国語の成語としても、悪い人をそそのかして悪事をさせるたとえとされています。
日本の「猿に木登り」は、得意な猿に教えるという同じ姿を使いながら、悪事の後押しではなく、よく知っている人に教える無駄を言う言葉として使われています。









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