意味
「耳を疑う(みみをうたがう)」とは、あまりに意外なことを聞いて、聞き違いではないかと思うほど信じられない気持ちになることです。
良い知らせにも悪い知らせにも使う言葉です。
語源・由来
「耳を疑う」は、聞き違いではないかと自分の耳を疑う心の動きを、そのまま言葉にしたものです。
見たものが信じられないときは、同じ形で「目を疑う」と言います。
使い方・例文
「耳を疑う」は、思いがけない話を聞いて信じられない気持ちになる場面で使われます。
- 突然の合格の知らせに、思わず耳を疑った。
- 信頼していた相手からの裏切りの話に耳を疑った。
- 電話で値上げ幅を告げられ、思わず耳を疑った。
類義語・関連語
「耳を疑う」と同じように、信じがたい出来事に驚く場面で使われる言葉には、以下のようなものがあります。
「耳を疑う」と「寝耳に水」の違い
どちらも予想外の出来事への驚きを表しますが、視点が異なります。
「耳を疑う」は聞いた内容の信じがたさに、「寝耳に水」は前触れのない突然さに重きを置きます。
英語表現
I can’t believe my ears
「自分の耳が信じられない」という直訳のとおり、聞いた内容が信じがたいほど意外であることを表す表現。
I couldn’t believe my ears when I heard the news.
(その知らせを聞いて、耳を疑った。)
「耳を疑う」、明治の小説では「我が耳を疑う」
明治の小説では、「耳を疑う」に「我」を付けて、「我耳を疑う」と書く例が見られます。
新聞記者で翻訳家の黒岩涙香が、フランスの裁判小説を日本向けに書き直した『人耶鬼耶』(1888年)にも、「宛も我耳を疑ふ如く」(まるで自分の耳を疑うように)首を左右にかしげる場面があります。
これをさらに強めたのが、「我と我が耳を疑う」という形です。
「我と」は「自分で」という意味で、「我と我が身を苦しめる」と同じく、自分で自分の耳を疑うほど驚いたことを言います。
1908年(明治41年)の小説『武侠英雄』では、陛下が会いたがっていると聞かされた人物が「我と我が耳を疑つた」と書かれています。
今はふつう「耳を疑う」「自分の耳を疑う」と言います。











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