意味
あまりに予想外の内容に、自分の聴覚そのものを疑ってしまうほどの驚きを表します。
良い知らせにも悪い知らせにも使える、幅広い場面で使われる言葉です。
語源・由来
「耳を疑う」は、驚きの体験をそのまま言葉にした表現です。
あまりに信じがたい話を耳にしたとき、人はまず「聞き間違いではないか」と自分の耳を疑うところから反応が始まります。
この、驚きのあまり自分の感覚さえも疑ってしまう心の動きを、素直にそのまま言葉にしたのが「耳を疑う」という表現です。
使い方・例文
「耳を疑う」は、思いがけない話を聞いて信じられない気持ちになる場面で使われます。
- 突然の合格の知らせに、思わず耳を疑った。
- 信頼していた相手からの裏切りの話に耳を疑った。
- あまりの値上げ幅に耳を疑う思いだった。
類義語・関連語
「耳を疑う」と同じように、信じがたい出来事に驚く場面で使われる言葉には、以下のようなものがあります。
- 我が目を疑う(わがめをうたがう):
信じられない光景を目にして、自分の視覚さえ疑うこと。 - 寝耳に水(ねみみにみず):
まったく予期していなかった出来事に、突然驚かされること。
「耳を疑う」と「寝耳に水」の違い
どちらも予想外の出来事への驚きを表しますが、視点が異なります。「耳を疑う」は聞いた内容の信じがたさに、「寝耳に水」は前触れのない突然さに重きを置きます。
| 語句 | 焦点 |
|---|---|
| 耳を疑う | 内容の信じがたさ |
| 寝耳に水 | 前触れのない突然さ |
英語表現
I can’t believe my ears
「自分の耳が信じられない」という直訳のとおり、聞いた内容が信じがたいほど意外であることを表す表現。
I couldn’t believe my ears when I heard the news.
(その知らせを聞いて、耳を疑った。)
「聞く」と「見る」、人はどちらを先に疑うのか
日本語には、「耳を疑う」と対になるように、視覚の側から驚きを表す「我が目を疑う」という言葉もあります。
どちらも、人間が世界を認識するうえで最も頼りにしている二つの感覚が、あまりの衝撃に一時的に信用できなくなるという共通の構造を持っています。
耳と目という異なる感覚器官に同じ発想を当てはめられるのは、それだけ人間にとって、聞くことと見ることが世界を信じる土台として並び立つ存在だからだといえます。










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