意味
仏教では、悟りに達した聖者と対になる呼び方です。
そこから離れて、単に平凡な人という意味でも使われます。
他人を見下す語であると同時に、自分を含めて「しょせん凡夫だ」と謙遜する形でもよく用いられます。
- 凡(ぼん):ありふれていること。
- 夫(ぷ):一人前の男子。転じて人一般。
語源・由来
「凡夫」は、古代インドの言葉を漢字に置きかえた仏教の訳語です。
梵語 pṛthag-jana の訳語です。
「異生(いしょう)」という別の訳語も残っており、一つの原語に二通りの漢訳が残ったことが分かります。
日本では、七世紀前半の『法華義疏』にすでに仏教語として現れます。
平凡な人という一般の意味で使われた例は、九〇〇年ごろの『菅家文草』に見えます。
宗教の用語として入った言葉が、早い時期に日常語へ広がっていたことになります。
使い方・例文
「凡夫」は、悟りに達していない人を指すほか、自分の未熟さを認める場面でも使われます。
- 所詮は凡夫の身、腹が立てば顔にも出てしまうものだ。
- 高僧の教えを聞いても、凡夫には半分も理解できなかった。
- 欲を捨てよと言われても、凡夫にはなかなか難しい注文だ。
読み方の注意点
「凡夫」は「ぼんぷ」と読みます。
「ぼんぶ」と濁る読み方もありますが、「ぼんぷ」のほうが一般的です。
「凡」を「はん」と読む熟語(凡例=はんれい)があるため読み違えやすい語ですが、この場合は「ぼん」です。
仏教語では呉音を使うことが多く、「凡夫」もその一つです。
類義語・関連語
「凡夫」と同じく、悟りに至らない人間のありようを表す言葉には以下のようなものがあります。
- 俗物(ぞくぶつ):
名誉や金銭ばかりを追う、品のない人。 - 衆生(しゅじょう):
仏に救われる対象としての、生きとし生けるもの。 - 他力本願(たりきほんがん):
阿弥陀仏の力によって救われること。
「凡夫」と「衆生」の違い
どちらも悟りに達していない存在を指しますが、範囲と目線が違います。
「凡夫」は聖者と比べて劣る人を指す評価の語で、「衆生」は救いの対象となる生き物すべてを指す語です。
| 語句 | 指す範囲 | 含まれる評価 |
|---|---|---|
| 凡夫 (ぼんぷ) | 人間 | 劣るという含みがある |
| 衆生 (しゅじょう) | 生きとし生けるもの | 評価を含まない |
対義語
「凡夫」とは反対に、悟りに達した存在を表す言葉があります。
- 聖者(しょうじゃ):
仏道の修行を成し遂げ、悟りを得た人。 - 阿羅漢(あらかん):
煩悩を断ち切り、尊敬を受けるに至った聖者。
英語表現
ordinary person
特別なところのない普通の人を指す、もっとも素直な言い方。
Even an ordinary person can practice kindness.
(凡夫にも人に優しくすることはできます。)
unenlightened
悟りに達していない、と仏教の文脈で使われる語。
The text was written for the unenlightened.
(その経典は凡夫のために書かれました。)
どこからが凡夫でなくなるか
凡夫と聖者の境目は、仏教の流派によって置かれる場所が違います。
小乗では初果に至る前、大乗では初地に至る前までを凡夫と呼びます。
初果は修行の四つの段階の第一、初地は菩薩の十の段階の第一にあたります。
どちらもまだ道半ばの位置であり、そこに届くまではひとまとめに凡夫として扱われることになります。









コメント