意味
「無念無想(むねんむそう)」とは、頭の中からあらゆる思いや考えを消し去り、無我の境地に入った状態という意味です。
もとは仏教の言葉です。
このほか、しっかりした考えを持たず、思慮のない様子を指す使い方もあります。
語源・由来
この言葉は、「無念」と「無想」という、ほぼ同じ意味の二つの語を重ねたものです。
「無念」は本来は仏教の言葉で、私心や妄念(= 迷いから起こる誤った考え)を取り去り、無我の境地に入った状態を指します。
「無想」は、何も思わないことです。
使い方・例文
- 試合前の控室で、彼は目を閉じて無念無想のまま呼吸を整えていた。
- 座禅の途中、和尚は「無念無想になろうと力むのも雑念だ」と言った。
- 満員電車では、無念無想で降りる駅に着くのを待つことにしている。
類義語・関連語
心に迷いやこだわりが無い状態を表す語や、よく比べられる語には、次のようなものがあります。
- 明鏡止水(めいきょうしすい):
邪念が無く、澄みきって静かな心の状態。 - 虚心坦懐(きょしんたんかい):
わだかまりを持たず、素直な気持ちで物事にのぞむ様子。 - 無心(むしん):
余計な考えを持たず、心に何のこだわりも無いこと。 - 無我夢中(むがむちゅう):
何かに心を奪われ、我を忘れること。
「無念無想」と「無我夢中」の違い
どちらも自分を意識しない状態ですが、「無念無想」は心を空にして何も思わないのに対し、「無我夢中」は一つのことに心を奪われて我を忘れる点が違います。
| 語句 | 心の状態 | 例 |
|---|---|---|
| 無念無想 (むねんむそう) | 何も思わず、心が空になっている | 無念無想で座る |
| 無我夢中 (むがむちゅう) | 一つのことに心を奪われ、我を忘れている | 無我夢中で逃げる |
「無念無想」の無念は、「残念無念」の無念とは別の仏教語
「無念」という語には、大きく分けて二つの意味があります。
一つは仏教の言葉としての意味で、迷いの心を離れ、何事も思わないことを指し、「正念」とも言います。
反対の語は、具体的な物事を心に思い浮かべる「有念(うねん)」です。
もう一つは、くやしい、残念だという意味で、「残念無念」「無念な結果」の「無念」はこちらです。
「無念無想」の「無念」は仏教の言葉としての意味なので、くやしさとは関係がありません。

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