意味
「富国強兵(ふこくきょうへい)」とは、国の経済を発展させて豊かにし、兵力を強めて国の力を高めるという意味です。
そうした主張や政策そのものも指します。
日本の歴史では、幕末から明治時代にかけて、国の目標を示す言葉として使われました。
- 富国(ふこく):国を豊かにすること。
- 強兵(きょうへい):軍隊を強くすること。
語源・由来
「富国強兵」という字句は、中国の歴史書『三国志』にも見えます。
呉の国の将軍・陸抗が、戦が続いて民が疲れていた時期に、皇帝の孫皓へ差し出した意見書の中にある一節です。
今不務富國強兵
(いま、国を富ませ兵を強くすることに努めず)
日本では、18世紀の終わりごろから、欧米の国々がアジアへ進出してくることに危機感が強まりました。
そこから、海の守りを固めるべきだという主張や、富国強兵を説く主張が生まれます。
幕末には、幕府や藩の改革でもこの言葉が目標として掲げられています。
国の政策としてまとまった形になったのは、明治維新の後です。
明治政府は、欧米の国々と肩を並べて独立を守ることを目指し、富国強兵を国の目標に掲げました。
「富国」の中身は、近代的な制度や技術を取り入れて産業を育てる殖産興業です。
「強兵」の中身は、徴兵令(= 国民に兵役を義務づけた法令)と近代的な軍の制度による陸軍・海軍の整備でした。
税の仕組みを改めた地租改正も、この流れの中で進められています。
やがて富国強兵は、朝鮮や中国などへの経済的・軍事的な進出も意味するようになりました。
使い方・例文
- 明治政府は富国強兵を掲げ、工場の建設と軍隊の整備を急いだ。
- その国は資源で得た利益を軍備に回し、富国強兵の道を進んだ。
- 祖父の本棚には、富国強兵の時代を描いた歴史小説が並んでいる。
類義語・関連語
同じ考えを短く言う語と、富国強兵を支えた政策の名前です。
- 富強(ふきょう):
富国強兵の略。
経済的に豊かで勢力が強いさまも表す。 - 殖産興業(しょくさんこうぎょう):
産業を保護して育てる明治政府の政策。
富国強兵のうち「富国」にあたる柱。
富国強兵の重心は「富国」から「強兵」へ
打てる政策も経済の力も限られていたため、富国と強兵のどちらを優先するかは、時期や立場によって変わりました。
1873年(明治6年)からの約10年間は、輸入が輸出を上回って国力が弱まることが心配されました。
そこで、輸出入に関わる産業を育てる政策が試みられます。
この時期は「富国」に力点があったとされます。
1880年代に入ると、朝鮮をめぐって清との対立が深まり、欧米の国々による東アジアへの進出も目立つようになりました。
すると、国民の生活を多少犠牲にしても軍事力の増強を急ぐ動きが強まります。
1890年に帝国議会が始まると、政府の強兵策は議会で強い反対にあいます。
民党(= 政府に対抗した政党)が、国民の負担を軽くする「民力休養」を求めたためです。


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