意味
「王政復古(おうせいふっこ)」とは、武家政治や共和制などに変わっていた政治の仕組みが、再びもとの君主制に戻るという意味です。
日本では、慶応3年12月9日(1868年1月3日)に出された王政復古の大号令によって、政権が江戸幕府から朝廷に戻ったことを指します。
日本だけの言葉ではなく、ヨーロッパの出来事にも使います。
イギリスでは、清教徒革命(ピューリタン革命)でできた共和制が倒れ、1660年にチャールズ2世が即位しました。
フランスでは、ナポレオン1世が退いた後の1814年に、ブルボン朝のルイ18世が即位しました。
どちらも王政復古と呼ばれます。
- 王政(おうせい):君主が治める政治。
- 復古(ふっこ):昔の状態に戻ること。
語源・由来
江戸時代、国を治める実権は将軍と幕府が握り、天皇と公家からなる朝廷は儀式を受け持つ存在になっていました。
19世紀の半ば、外国の圧力などで幕府の支配が揺らぐと、幕府を倒して天皇が政治を行う国をつくるべきだという主張が強まります。
公家の岩倉具視も、幕府に任せている政権を朝廷に取り戻すべきだと早くから唱えていました。
1867年(慶応3年)10月、将軍の徳川慶喜は政権を朝廷に返しました(大政奉還)。
これに対し、岩倉具視や薩摩藩の西郷隆盛・大久保利通らの討幕派は、徳川家を新しい政権から外そうと動きます。
同じ年の12月9日の早朝、薩摩・尾張・越前・土佐・安芸の5藩の兵が御所を固めます。
そのうえで、天皇の前で開かれた会議で「王政復古の大号令」が出されました。
大号令の主な中身は次のとおりです。
- 慶喜が政権を返し、将軍職を辞めることを認める。
- 摂政・関白(= 天皇に代わって、または天皇を助けて政治を行う役職)と幕府を廃止する。
- 新たに総裁・議定・参与の三職(= 新しい政府の3つの役職)を置く。
- 神武天皇が国を始めたときにならい、身分の別なく正しい議論を尽くす。
同じ日の夜には小御所会議が開かれ、慶喜に官職を辞めさせ、領地を差し出させること(辞官・納地)が決まりました。
これに旧幕府側が反発し、戊辰戦争につながります。
使い方・例文
日本の出来事を指すときは、「王政復古の大号令」という形で使うことが多くあります。
- 王政復古の大号令によって、江戸幕府と摂政・関白の役職は廃止された。
- ナポレオンが退いた後、フランスでは王政復古が起こった。
- 革命で国を追われた王家が、二十年ぶりに王政復古を果たした。
大政奉還が先、王政復古の大号令は2か月後
大政奉還と王政復古の大号令は、どちらも慶応3年の出来事で、2か月ほどしか離れていません。
先にあったのは大政奉還で、10月14日に慶喜が政権の返上を申し出て、翌15日に朝廷がこれを認めました。
ただ、慶喜は朝廷を名目上の統治者とし、そのもとで徳川家を筆頭とする有力な藩の連合政権をつくろうと考えていました。
政権を形の上で返し、徳川家の実際の力は残すねらいがありました。
討幕派はこれを抑えるため、王政復古の大号令で幕府そのものを廃止し、慶喜を新しい政府の役職から外しました。
新政府はその後、外国の公使へ王政復古を伝え、1868年には五箇条の誓文を出して新しい国づくりの方針を示しました。


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